Babyface『For The Cool In You』|L.A. Reidとの関係が転換期を迎えた'93年に生まれた名盤


L.A. Reidとの関係が転換期を迎えた時期に発表された『For The Cool In You』
'93年にリリースされたBabyfaceのサード・アルバム『For the Cool in You』は、妻Tracey Edmondsとの結婚後に発表され、全米で約300万枚を売り上げた、彼のソロ・キャリアを代表する作品のひとつ。
当時のBabyfaceを語るうえで欠かせないのが、長年のパートナーだったL.A. Reidとの関係。
'80年代後半から「L.A. & Babyface」の名で数々のヒット曲を生み出してきた2人は、ソングライター兼プロデューサーとしてR&Bシーンを牽引。
さらに、'89年には共同で[LaFace Records]を設立し、音楽制作だけでなく、アーティストの発掘や育成にもその手腕を発揮。

しかし、[LaFace Records]が成長を続けるなか、'93年7月、「Los Angeles Times」はBabyfaceとL.A.のパートナーシップに変化が生じていることを報道。
そして同年9月、Babyface自身もL.A.との共同制作の関係が終わりを迎えたことを公に認め、長年続いた制作パートナーシップは終結。
この件について、Babyfaceは「Los Angeles Times」のインタビューで次のように発言。
「そうだね、僕たちの関係は終わりと言っていいかもしれない。L.A.は僕よりもビジネスや財務面に深く関わっていた。僕はもっと創作面に重点を置いていたんだ。その役割分担は何年もうまく機能していた。でも、永遠に続くものなんてないんだ。こういうことには、いつだって寂しさが伴う。でも、少なくともパートナーシップの一部が終わったことを、残念に思っているとは言えないね」
またBabyfaceは、Questloveがホストを務める音楽トーク番組「Questlove Supreme」に出演した際、当時の様子を次のように回想。
「レーベルの運営がL.A.にとって中心的な仕事になっていったんだ。彼はレーベルを経営しなければならなかった。プロデュースも続け、ソングライターとしても活動しながら、実際にレーベルを運営するのは、彼にとって少し難しかったんだ。彼にはそれをすべてこなすのは無理だった。何かを選ばなければならない。ビジネスマンになるのか、それともアーティストになるのか。実際のところ、L.A.は昔からどちらかといえばビジネスマンだったんだ。それが彼の役割だった。ずっと昔、Deeleにいた頃からね。彼は、メンバー全員がちゃんと食べていけるようにする役目を担っていた。みんなが毎晩食事にありつけるように、Church's Chicken(フライドチキン専門のファスト・フード・チェーン)の人たちと取引までしていたんだよ(笑)。それが彼の役回りだった。そして最終的に、彼は[LaFace Records]のマネージャーのような存在になっていった。みんながチキンを食べられるように、ちゃんと手配しなきゃいけなかったんだよ(笑)」

しかし、2人の関係が変化しても、[LaFace Records]をめぐるビジネス上のつながりは継続。
ちなみに、UsherとTevin Campbellをめぐり、「Can We Talk」の起用問題でL.A.とBabyfaceが衝突したのもこの時期。
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そんな両者の関係が転換期を迎えていた、'93年8月に発表されたのが『For the Cool in You』
Babyface - For The Cool In You
L.A.はアルバム全体のプロデュースに携わる一方、ソングライティングでは3曲に参加。
シングル「Rock Bottom」をはじめ、「Saturday」、そして「I'll Always Love You」がそれにあたり、いずれもBabyface、L.A. Reid、Daryl Simmonsの3人による共作。
中でも注目したいのが、愛する人への変わらぬ想いを歌った「I'll Always Love You」
L.A.との長年のパートナーシップに幕が下りることを予感させるかのような、哀愁を帯びた雰囲気が印象的なBabyfaceの隠れた名曲。



































