アッシャーが激白。「テヴィン・キャンベルの"Can We Talk"は俺が歌う曲だった」
- R&B SOURCE

- 3月8日
- 読了時間: 5分
更新日:3月10日

Usherが歌う予定だったという"Can We Talk"
わずか12歳という若さで巨匠Quincy Jonesに才能を認められ、'90年代R&Bの歴史にその名を刻んだ神童Tevin Campbell。
'90年代に4枚のアルバム、そして20曲近いシングルをリリースした中、特に高い人気を誇ったのが'93年にリリースされた"Can We Talk"で、Tevinのキャリア最高傑作と呼ぶに相応しい1曲。
Johnny Gill"My My My"、Boyz Ⅱ Men"End of the Road"などを手がけたBabyfaceがプロデュースを担当し、「ちょっと話せないかな?僕は君の名前が知りたいんだ」と歌うラブ・ソングで、'94年のビルボード年間シングル・チャートでは36位にランクイン。
Billboard Year-End Hot 100 singles of 1994
1. The Sign - Ace of Base
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31. Shine - Collective Soul
32. Said I Loved You...But I Lied - Michael Bolton
33. Return to Innocence - Enigma
34. All I Wanna Do - Sheryl Crow
35. Mmm Mmm Mmm Mmm - Crash Test Dummies
36. Can We Talk - Tevin Campbell
37. Funkdafied - Da Brat
38. I'd Do Anything for Love (But I Won't Do That) - Meat Loaf
39. Gangsta Lean - DRS
40. Because the Night - 10,000 Maniacs
実はこの曲に対し、あのUsherが次のように発言。
「"Can We Talk"は元々俺が歌うはずの曲だったんだ」
Tevin Campbell - Can We Talk
Usherの為に用意した曲を、Tevin Campbellに渡してしまったBabyface
この発言は、UsherがThe RootsのドラマーQuestlove主催のラジオ番組「Questlove Supreme」に出演した際に語ったもの。
Usherは、同ラジオ番組のインタビューにて次のようにコメント。
「俺が初めてレコード契約したレーベルを[LaFace Records]にした理由は、レーベルの創設者でもあるBabyface、L.A. Reidの二人と一緒にアルバムを作りたかったからだ。しかし、俺が[LaFace Records]と契約した時、彼らは仲が悪く決別するかもしれないという状況だった。そんな事態に苛立っていたBabyfaceは、元々俺の為に用意してくれていたアルバム音源を、丸ごと他のアーティストに渡してしまったんだ。そう、それがTevin Campbellだ。そのアルバムの中に"Can We Talk"も含まれていた。だからあの曲は元々俺が歌うはずだったんだ」

またTevin Campbellもこの件を認めており、次のようにコメント。
「L.A. ReidはUsherに"Can We Talk"を歌ってほしかったようだけど、Babyfaceは俺に歌わせたかったから、彼らは意見の食い違いで大喧嘩したんだよ」

華々しく音楽業界に登場したUsherだったものの、デビュー当初はそのポテンシャルが未知数だったうえ、彼はちょうど変声期と重なり、思うように歌えない時期を迎えていたという。
このことから、L.A.は「Usherとの契約を打ち切ることさえ検討していた」という話も。
そうした背景を踏まえると、L.A.は"Can We Talk"を「Usherの飛躍を決定づける1曲」と捉えていたのも、自然な流れ。
そしてこの件に関して、L.A.は自身の著書「Sing To Me」で次のように言及。
「最悪の瞬間は、Kenny(Babyface)が“Can We Talk”を録音するために、Tevin Campbellを連れてアトランタに来たときだった。あの曲は僕がかなり気に入っていた曲で、しかもKennyが僕抜きで初めて作詞とプロデュースをした曲だったんだ。"Can We Talk"はUsherにぴったりだったはずなのに、Kennyは僕がUsherと作業していた隣の部屋で、Tevinと録音し始めたんだ。偶然ではなかった。Usherは、なぜKennyが隣の部屋で別の誰かとその曲を作っているのか理解できていなかった。彼は混乱して、傷ついていたよ。僕も打ちのめされたんだ」

ちなみにBabyfaceはこの噂を完全否定。
彼はラジオ番組「The Breakfast Club」に出演した際、この件に関して次のように発言。
「"Can We Talk"は、当時のTevinにピッタリだったんだ。Usherにまつわる噂があるのは知っているよ。『本当はUsherの曲だった』っていう話だよね。でも実際のところ、あの曲は最初からTevinのために書いたんだ。Quincy Jonesからこのプロジェクトに参加してほしいと頼まれてね。すでに“I'm Ready”を作っていたけど、Quincyから電話がかかってきて、すごく興奮した様子でこう言われたんだ。『もう1曲書いてくれないか?』って。 俺はQuincyのためならもう1曲書こうと思った。それでDarryl Simmonsと一緒に書いたのが“Can We Talk”なんだ。いろいろ噂が広まっているけど、事実じゃないよ」

当事者の間で意見が食い違い、真相が定かではないこの噂。
そして最終的に"Can We Talk"が収録されることがなかったUsherのデビュー・アルバム『Usher』は、'94年8月に発表。
同アルバムにはPuff Daddy、L.A. Reid、Al B. Sure!、Chucky Thompson、DeVante Swing、DJ Eddie Fといった、当時のトップ・プロデューサー陣が制作メンバーに名を連ね、50万枚のセールスを記録。
しかし、全米アルバム・チャートは最高167位という結果に終わり、後のUsherの躍進を踏まえると、商業的にはかなり控えめなスタート。
ちなみに、Usherの作品が全米アルバム・チャートでトップ5入りを果たせなかったのは、このデビュー・アルバムのみ。
そして[LaFace Records]からのリリースは実現したものの、"Can We Talk"の一件が影響したのか、Babyfaceがプロデュースを手がけた楽曲は1曲も収録されず、何とも後味の悪い結果に。
Usher - Usher
2022年に同じステージに立ったUsherとTevin Campbell
"Can We Talk"をめぐる一件で一時は緊張があったものの、Tevin CampbellとUsherはその後、'94年に発表されたB.M.U.のシングル"U Will Know"で共演。
この曲は、当時のR&Bスターたちが集結した、「R&B版"We Are The World"」と呼ぶべき伝説的な超大作で、若かりし頃のBrian McKnightとD'Angeloがプロデュースを担当。
関連記事
B.M.U. - U Will Know (C.J. Mackintosh 7" Edit)
TevinとUsherが共演したのはこの1曲のみで、その後は交わることなくキャリアを積んでいった両者だったものの、2022年にUsherがラスベガスで行ったコンサートにTevinがサプライズで登場。
両者は共に"Can We Talk"を熱唱するというパフォーマンスを披露し、長年のわだかまりが解けた感動的な瞬間が実現。



































