「Sensitivity」を歌うことをためらっていたRalph Tresvant。「自分が繊細な男だってことは分かっているけど、あそこまで繊細じゃない」
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- 10 時間前
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「Sensitivity」を歌うことをためらっていたRalph Tresvant
'88年リリースのアルバム『Heart Break』が商業的に大成功を収めたNew Edition。
New Edition - Heart Break
その後、メンバーたちはグループの枠を超え、それぞれが音楽シーンを代表するスターへと羽ばたいていくことに。
いち早くグループを抜けたBobby BrownはR&Bシーンを席巻するキングへと上り詰め、後から加入したJohnny Gillもソロ・アーティストとして数々のヒットを記録。
さらに、Ricky Bell、Michael Bivins、Ronnie DeVoeの3人はBell Biv DeVoeを結成し、ニュー・ジャック・スウィング・ムーブメントの中心的存在として活躍。
そして最後にソロ・デビューを果たしたのが、New Editionのフロントマンとしてグループを牽引してきたRalph Tresvant(ラルフ・トレスヴァント)。
しかし、すでに他のメンバーが成功していたことから、Ralphは凄まじいプレッシャーを感じていたという。
Ralphは、「Shawn Stockman's On The Note」のインタビューで、当時の状況を次のように回想。
「他のメンバー全員が次々と大成功を収めていくのを、俺はただ後ろから見守っていたんだ。すごいプレッシャーだったよ。街を歩けば、5分おきに誰かの大ヒット曲が流れてくる。プール・パーティーからも、近所のあちこちから聴こえてくるんだ。それを聴きながら、『俺はどうすればいいんだ?』って頭を抱えていた。この状況で、『自分だけが何かしらの曲を出して失敗するわけには絶対にいかない。それだけは嫌だ』と怯えていたんだ」

そしてRalphは、ソロ・デビュー・アルバムの制作にあたり、Jam & Lewis、Babyface、L.A. Reid、Daryl Simmons、Kyle Westら豪華プロデューサー陣を迎えることに。
当時のR&Bシーンでは、Teddy Rileyが切り開いたニュー・ジャック・スウィングが一大ムーブメントとなり、激しく踊れるダンス・ミュージックの全盛期。
そんな時代の空気を受け、Ralph自身もストリート色の強い攻撃的なスタイルで勝負したいと考えていたという。
「ファンクが好きだったし、Bobbyが作ったようなアルバムが好きだった。俺はヒットを飛ばして、Bobbyのような存在になるつもりだったんだ」
Bobby Brown - My Prerogative
実際に、自身の親族であり、甥の父にあたるDewayne Omarrとタッグを組み、エッジの効いた攻撃的なトラックを制作していたとのこと。
そんな中で提示されたのが、Jam & Lewisによる「Sensitivity」のデモ。
しかし、最初にデモを聴いたとき、Ralphはこの曲に戸惑いを抱いたという。
「自分が'Sensitivity'みたいな曲を歌うなんて思ってもみなかったよ。JimmyとTerryは、彼らが自分の中に見たものに基づいて曲を書くんだ。歌う前に、彼らと一緒に何週間も過ごして、じっくり観察されるんだよ。それで上がってきたのが'Sensitivity'だった。初めて彼らがこの曲をかけてくれた時、俺は『え、なにこれ?』って思ったよ。全く予想していなかったことだし、そんな方向性は計画すらしていなかったからね。この曲を聴いた時、これは俺が経験したような世界観じゃないと思ったから、最初は歌いたくなかったんだ。当時、Dewayneと一緒に取り組んでいたスタイルとは、あまりにもかけ離れているように感じたから。でも、JimmyとTerryと一緒に過ごすようになってから、全く別のエネルギーが生まれたんだよ。たしかに、自分が繊細(センシティブ)な男だってことは分かっているけど、あそこまで繊細じゃない(笑)。彼らと一緒に、そういうタイプの音楽を作るべきだとは自分では思っていなかったんだ。でも、人と話したりしている時の普段の態度から、そういう一面が滲み出ていたんだろうね。俺自身はそう思っていなかったから、彼らがどうやってそれを見抜いたのか、今でも不思議だよ」
Ralph Tresvant - Sensitivity
プレッシャーを跳ね除けてR&Bチャート1位を獲得
Ralphがこの曲を歌いたくなかった理由は、大きく2つ。
ひとつは、歌詞の内容。
男らしさや強さをアピールするのではなく、「女性の気持ちに寄り添い、優しく接するべきだ」というメッセージが描かれていたこの曲に対し、この世界観ではインパクトに欠け、他のメンバーのヒット曲に埋もれてしまうのではないかと不安を抱いていたという。
「ねえ、彼がいなくなってから辛い日々を過ごしてきたんだよね。
本当に悲しくて、毎日泣いているんだろう。
僕がその涙を拭って、君の不安をすべて消し去ってあげるよ。
だって僕は君のためにここにいるんだから、もう愛に飢えることなんてないよ。
お金を貢いでくれるような男はいらない。
おいでよ、君に本当に必要なものが何かを教えてあげる。
君をないがしろにする男なんていらないんだ。
君に必要なのは思いやりのある男さ、僕のような男がね。
君を心から愛してくれる人、君を必要としてくれる人、君を大切に扱ってくれる人、この僕のようにね。
夜、君が抱きしめることができる人、君の人生をしっかりと支えてくれる、誠実な人さ」
そしてもうひとつが、その洗練された曲調。
「Sensitivity」が持つ流れるような美しいメロディは、Ralphが求めていた派手でストリート色の強いサウンドとは正反対だったことから、彼はこの曲を歌うことに強い抵抗を感じていたという。
しかし、Jam & Lewisの方向性を信じてこの曲を歌うことを決意した結果、「Sensitivity」は全米シングル・チャート最高4位、そして全米R&Bシングル・チャートは1位を獲得する大ヒットを記録。
そしてJimmy Jamは、「Billboard」のインタビューで、この曲を制作した時の状況を次のように回想。
「Marvin Gayeの手法を参考にしました。でも、それ以上に影響を受けたのはLeon Wareです。彼はMarvinの作品で、何層にも重ねたボーカル・アレンジを数多く手掛けていました。こうして完成したのは、Ralphの歌声と人柄にぴったりと寄り添う1曲でした。'Sensitivity'は、私たちが思い描いていたRalphという人物像、そのものから生まれた曲なんです」
また、「The Boombox」のインタビューで、JimmyはRalphについて次のようにコメント。
「Ralphは、これまで一緒に仕事をしてきた中でも特に大好きなアーティストの一人です。本当に素晴らしい人なんですよ。また、彼は驚くほどのスタミナの持ち主でね。スタジオに入ると、何時間でも作業を続けてしまう。こちらが『もう帰ったほうがいいよ』と言わない限り、ずっとスタジオにいるようなタイプなんです。Ralphは本当にたくさんの努力を積み重ねました。だから、彼のソロ・アルバムを制作するのは本当に楽しかった。彼は間違いなくソロ・アーティストとして羽ばたく準備ができていましたし、彼にしか表現できない、唯一無二の作品を作り上げることができたと思います」

インタビューでRalphが、「自分はあそこまで繊細じゃない」と語ったこの発言が、「Sensitivity」の歌詞に対する返答だったかは定かではないものの、Jam & Lewisがこの曲を作り上げたのは、Ralphの人柄を見抜いてのこと。
そんなRalphは、New Editionがメンバーの脱退や再編で揺れていた'87年にソロ・デビューの話が持ち上がり、ソロ・アルバムを制作。
しかし、彼はNew Editionへの忠誠心から、グループを優先するという判断を下し、その計画は見送られることに。
そして、Bobby Brown、Johnny Gill、Bell Biv DeVoeと、メンバーそれぞれがソロや別ユニットで成功を収めた後、最後にソロ・デビュー。
そんなRalphだからこそ、「自分はあそこまで繊細じゃない」と謙虚に語る姿勢そのものが、何より彼の繊細な人柄を物語っているエピソードと言えそう。





































