Ne-Yoが語る、Stargateへの驚きと"So Sick"誕生の瞬間。「彼らがこんなにも官能的な曲を書けると思わなかった」
- R&B SOURCE

- 4月10日
- 読了時間: 4分

「俺は泣いてしまった」
2005年に発表されたデビュー・シングル"Stay feat. Peedi Peedi"は、全米シングル・チャートTOP100入りを果たせず、一見すると大きくつまずいてしまったように思えたものの、翌2006年に発表されたセカンド・シングル"So Sick"で、同チャート1位という快挙を難なく達成。
この曲を機に、瞬く間に2000年代のR&Bシーンのトップへと上り詰めてしまったNe-Yo(ニーヨ)。
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そんなNe-Yoのブレイクスルーとなった"So Sick"を手掛けたのが、Beyonce"Irreplaceable"、Rihanna"Take a Bow"などを生み出し、Ne-Yoと共に2000年代のR&Bシーンを先導し続けたプロデューサー・チームStargate(スターゲイト)。

北欧ノルウェー出身のTor Hermansen、Mikkel Eriksen、Hallgeir Rustanの3人で結成された彼らは、'90年代後期から英国のポップ・アーティスト達に楽曲提供を開始。
S Club 7の"S Club Party"が全英シングル・チャート最高2位を記録、さらにHear'Sayの"The Way to Your Love"で同チャート1位を達成。
Hear'Say - The Way To Your Love
欧州圏では結果を残したものの、米国のR&B/ヒップホップを聴いて育ったStargateのメンバーは、「本当に作りたい曲を作る為には、アメリカへ行かなければいけない」という思いから米国移住を決断。
しかし、メンバーのHallgeir Rustanは家族をノルウェーに残したくないという理由で米国移住を諦め、Tor Hermansen、Mikkel Eriksenの2人で2005年に渡米。

米ニューヨークに移住後、彼らにチャンスが訪れたのが、約2万ドルを支払って[Sony Music]のスタジオを1週間借りた時。
そして同じ時期に、同じスタジオでアルバムの制作をしていたのがNe-Yo。
スタジオの廊下でStargateのマネージャーがNe-Yoに会い、彼はNe-YoにStargateが作った楽曲を聴いて欲しいと必死に売り込んだという。
この時の様子を、StargateのメンバーMikkel Eriksenは過去のインタビューで次のようにコメント。
「Ne-Yoが私達と同じ[Sony Music]のスタジオで作業をしていて、会議をしたいから部屋を使いたいと言ってきました。この時、私達の曲を彼に聴いてもらうチャンスが訪れたんです」
また、Ne-YoもStargateの2人に会った時の印象を次のように回想。
「部屋に入ると、背の高いスマートな2人のノルウェー人がいて、正直言って少し疑ったよ。彼らがこんなにも官能的な曲を書けると思わなかった」

トラックメイカーではなく、歌詞やメロディ構築を得意とする「トップライン・ライター」であるNe-Yoにとって、Stargateが生み出したあまりにも美しいトラックは、自身の理想と完全に一致し、"So Sick"のトラックを初めて耳にした瞬間を、Ne-Yoは次のようにコメント。
「このトラックを初めて聴いた時、俺は泣いてしまった」
Ne-Yo - So Sick
L.A. ReidがMusic Videoに苦言
Ne-Yoにとっては容易い仕事だったのか、"So Sick"はわずか20分で書き上げてしまったという。
そしてこの曲が残した功績は次の通り。
全米シングル・チャート|1位
全米R&Bシングル・チャート|最高3位
全英シングル・チャート|1位
2006年年間シングル・チャート|17位
第49回グラミー賞 「Best Male R&B Vocal Performance」ノミネート
そんなNe-Yoのブレイクスルー曲"So Sick"のMusic Videoは当初、米ニューヨークで撮影され、Ne-Yoがボンバー・ジャケットを着用し、クラシック・カーを映すなど、ヒップホップ色の強い演出が施されていたとのこと。
このMusic Videoを見た[Def Jam]の会長L.A. Reid(L.A. リード)は、次のように苦言を呈したという。
「いや、"So Sick"はR&B/ポップの曲だから、このMusic Videoはこの曲にふさわしくない。この曲にあった演出が必要で、もっとレベルを上げる必要がある」

その後、Music Video界の巨匠Hype Williamsを新たに起用。
舞台は一転し、北米最大級のスキー・リゾートとして知られるコロラド州アスペンで撮影が行われることに。
Ne-Yo - So Sick
Ne-Yoの前にJay Seanにオファーされていた"So Sick"
そして実はこの"So Sick"は、StargateがNe-Yoに提供する前、彼らはJay Sean(ジェイ・ショーン)にオファーを出していたという。
当時の様子を、Jay Seanは「Vlad TV」のインタビューで次のようにコメント。
「これは俺が[Cash Money Records]と契約する前、[Virgin Records]に在籍していた頃の話なんだ。ある音源があってね、当時のA&Rはそれを俺に聴かせてくれなかった。後になって分かったんだけど、それはStargateが俺のために用意していた曲だったんだ。それが“So Sick”さ。結果的にあの曲はNe-Yoの手に渡り、彼の運命を変えた。当時の彼はまだソングライターで、ブレイク前だったからね。あれは本当に素晴らしい曲だよ。俺のためじゃなく、彼のための曲だったんだろう。でも実は、“So Sick”は俺にもオファーされていたんだ」

ちなみに、StargateはNe-Yoと出会う前にJay Seanの楽曲をプロデュースしており、それが2004年にリリースされた"Eyes On You"。


















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