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アル・B. シュア!の"Nite and Day"を手がけたプロデューサーが、制作当時を振り返る。「レコーディングの日、まだ歌詞を書き終えていなかった」

  • 執筆者の写真: R&B SOURCE
    R&B SOURCE
  • 3 時間前
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"Nite and Day"の歌詞は、レコーディング当日になっても完成していなかった


高校時代はアメリカン・フットボールの名クォーターバックとして活躍し、大学から奨学金のオファーが届くほどのアスリートだったものの、この頃にはスポーツの道ではなく、ミュージシャンになることを決めていたというAl B. Sure!。


彼の従兄弟Kyle Westが音楽プロデューサーだったことから、Kyleの元で作曲作業を覚えたというAlは、'87年に[Sony Music]主催のオーディション「Sony Innovators Talent Search」に出場し見事優勝(審査員はQuincy Jones)。


このオーディションがきっかけで[Warner Records]と契約し、 翌'88年に満を持して発表したデビュー・シングルが、Kyleと作り上げた"Nite and Day"。


全米シングル・チャート最高7位という大ヒットを記録し、これはAlの全シングルの中で最高位という結果。


Al B. Sure! - Nite and Day

"Nite and Day"のヒット以降、Jodeci、Tevin Campbell、Usher、112など、当時のトップ・アーティスト達のヒット曲を次々と手がけ、'90年代のR&Bシーンで欠かすことのできないマルチ・アーティストの一人になったものの、Alは当初ラッパーとして活動しており、当時の様子をKyleが「Soulculture」のインタビューにて次のようにコメント。

「正直なところ、俺は子どもの頃に音楽にちょっと手を出していて、その時Alはラッパーだったんだ。当時、Heavy DやEddie Fの後を追いかけていたよ。

Heavy D & The Boyz - Is It Good To You

彼らは町の反対側に住んでいたけど、俺たちは彼らと同じ街で育った。Alは本気でラッパーになりたがっていて、俺は当時まだ大学生だった。Juno 106っていうキーボードを持っていて、すでに自分たちで音楽を作ってはいた。でも、音楽のことやレコード制作のことはほとんど何も知らなかったし、方向性も見えていなくて、洗練もされていなかった。そして、当時[Uptown Records]を立ち上げようとしていたAndre Harrellに会いに行ったんだ。
Andre Harrell
Andre Harrell
まだ[Uptown Records]にはプロデューサーとかいなかった。それでAndreは、俺たちをスタジオに放り込んでくれて、そこで俺たちは自分たちの音楽を作り上げた。誰からも指図を受けることはなかった。俺が音楽を作って、Alが曲を書いてボーカルアレンジを担当して、すべてが自然と形になったんだ」

続けてKyleは、Alがシンガーに転向した経緯を次のように回想。

「当時('80年代中期)、R&Bよりもラップの方が確実に大きな存在だった。それが現実だった。だから俺が音楽を作り始めたとき、Alにこう言ったんだ。『これにラップは合わないよ。別のことをしなきゃいけない』って。 それで彼は、独学で曲の書き方やメロディの追い方を学び始めて、力強い歌詞とアレンジを書けるようになっていったんだ。さらに歌い方も独学で習得した。今でも本当に驚かされるよ。彼はすべてを現場で学んだんだ。もともと歌うことがAlの情熱だったわけじゃない。彼の本当の情熱はラップで、しかも彼はラップが本当に上手かった。でも、俺の作ったトラックを聴いたときに、それがあまりにも音楽的だったから、別の方法を見つけなければならなくなった。そして彼は違うスタイルを見出した。それが功を奏したんだ。彼がラッパーからシンガーへと転向するのにかかった時間は、半年ほどだった。'86年の終わりごろだったと思う。覚えているのは、Alがラップをしていた曲があって、それをAndreに聴かせたとき、Andreも『これは歌にした方がいい』と感じていた。AlはMichael Jacksonの大ファンだから、すべてをMichaelのようにスムーズに仕上げようと意識して、彼のメロディの学び方まで真似していた。唯一、Alが本格的に取り組む必要があったのは作詞スキルだったね。彼のメロディは素晴らしく、声の使い方も心得ていたので、歌詞を極めることが課題だった。そんな感じで、俺たちはすべてを手探りで学びながらやっていたよ。[Warner Records]と契約したときでさえ、まだ方向性を模索している途中だったからね。だから、Alのデビュー・アルバムに収録された"Off On Your Own (Girl)"など、いくつかの曲で彼はラップを披露していて、またラッパーとしての側面が彼の中に残っていたことがわかるよ。

Al B. Sure! - Off On Your Own (Girl)

でも、ボーカルに合わせたアレンジやバックグラウンドのミックスの作り方など、そういった技術はすべてAlが自力で学んだんだ。俺が音楽にメロディをもたらしたけど、ハーモニーをもたらしたのはAlだった」

そして、AlとKyleの二人は、名曲"Nite and Day"を完成させる。


しかし、作詞のスキルがまだ未熟だったAlは、"Nite and Day"のレコーディング当日になっても、歌詞を書き終えていなかったという。

「“Nite and Day”は、俺たちが最初に手がけた曲だった。'87年の初頭だったと思う。大学から戻ったばかりで、キーボードでいじっていたときにトラックのベースとなる部分を思いついたんだ。まだ完成版ではなかったけれど、'87年1月には作曲していて、そのデモは靴箱の中にしまったままにしておいた。それから1〜2ヶ月経った後に、このデモをAlが初めて聴いて、彼はすぐにフックを書いた。最初はトラックとフックだけで、バースはまだなかったんだけど、このデモをAndreに聴かせたとき、 AndreとTeddy Rileyは『Michael Jacksonみたいな曲だな』って言っていた。フックがとてもスムーズで、完成形のビジョンが見えていたからね。誰もが、この曲がシングルになると分かっていた。アルバムの他の曲が完成する前から、もうこれが主役の曲だと決まっていたんだ。ニューヨークの[Unique Recordings]スタジオでレコーディングするチャンスがあって、最初のスタジオ入りの日に、最終版のトラックがまとまり始めた。その翌日、スタジオを無料で貸してくれていた人が『朝8時に来なよ』と言ってくれて、俺たちはその時間にスタジオに行ったんだけど、Alはまだバースの歌詞を書き終えていなかったんだ。そしたらスタジオの人が『じゃあ朝食を食べに行って、1時間後に戻ってきな』って言ってくれたから、俺たちはマクドナルドに行った。そして、そこでAlがナプキンに歌詞を書いたんだ。そしてスタジオに戻って、そのバースをレコーディングして、曲が完成したんだよ」
Eddie F Al B. Sure! Kyle West
Eddie F Al B. Sure! Kyle West


「俺とAlが、ニュー・ジャック・スウィングの洗練されたバージョンを作ったと信じているよ」


デビュー・シングルにしてAl B. Sure!の最高傑作となった"Nite and Day"は、一途な愛を綴ったロマンティックなラブ・ソング。


「間違いないよ、これは本気さ。


これが俺の気持ちなんだ。


君の愛が欲しい。


君のその感覚が、僕をとりこにする。


自由に、すべてを捧げるよ。


君が望むものなら、僕はなんにでもなる。


君への想いは、昼も夜も変わらずに伝えられるよ」


この曲が収録された'88年リリースのデビュー・アルバム『In Effect Mode』は、Guyのデビュー作やBobby Brown『Don't Be Cruel』と並び、ニュー・ジャック・スウィングのムーブメントを本格的に加速させた歴史的なアルバム。


しかし、記述の通りKyle WestとAlの二人は、このアルバムを制作している時点でまだ方向性がしっかりと定まっておらず、そんな彼らの創作を後押しするために呼ばれたのが、後にニュー・ジャック・スウィングの象徴的存在となるTeddy Rileyで、Kyleは当時の様子を次のようにコメント。

「功績がある人には、正当な賞賛を送りたい。Teddyはニュー・ジャック・スウィングという音楽ジャンルのイノベーターだった。Alのデビュー・アルバムの制作中、Teddyとは1〜2ヶ月ほど一緒に仕事をしたんだ。彼はAndre Harrellのスタッフ・プロデューサーだったけど、[Uptown Records]には所属していなかった。俺たちはAndreと繋がっていたから、彼が俺たちをTeddyに引き合わせてくれたんだ。俺たちはすでにいくつかの曲を持っていたけど、Teddyの貢献は音楽に方向性を与えてくれたことだった。Teddyは“If I’m Not Your Lover” をプロデュースしてくれたんだけど、その後すぐにKeith Sweatのデビュー・アルバムの制作に取りかかってしまったから、一緒に作業する時間はあまりなかったんだ。Keithのデビュー・アルバム『Make It Last Forever』こそ、ニュー・ジャック・スウィングの誕生だったんだ」

Keith Sweat - Make It Last Forever

「でも、俺とAlがニュー・ジャック・スウィングの洗練されたバージョンを作ったと信じているよ。そこにはポップ的な要素があって、よりメロディックだった。Teddyが始めたサウンドの派生形であることは間違いないけど、俺はそれをもっと洗練させて、豊かでリッチにした。だからこそ差別化できたんだ。『In Effect Mode』というアルバムは、ニュー・ジャック・スウィングの形成に確実に貢献した作品だと思っているよ」

Al B. Sure! - In Effect Mode

ちなみに、Teddyは"If I’m Not Your Lover"以外にも、Alのために別の楽曲を用意しており、それが結果的にGuyが歌うことになった"You Can Call Me Crazy"。


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Guy - You Can Call Me Crazy



Al B. Sure!の実息Quincyが、父の名曲"Nite and Day"をリメイク


Al B. Sure!は、デビューのチャンスを掴んだオーディションでQuincy Jonesに評価されたという経緯から、息子の名前をQuincyと名付け、彼は現在シンガー/俳優として活躍。

Al B. Sure! Quincy
Al B. Sure! Quincy

そんなQuincyは、AlとモデルKim Porterの間に生まれたものの、Quincyが幼少期の頃に母KimはSean Combs(Diddy)と恋人関係になり、Quincyは実父のAlではなく、養父となったDiddyに育てられるなど、物心つく前から複雑な環境下で育つことに。

Diddy Quincy
Diddy Quincy

このような家庭事情もあり、QuincyとAlの親子関係は決して良好だとは言えなかったものの、Quincyは2017年に父の名曲"Nite and Day"をサンプリングした"I Can Tell You (Night and Day 2.0)"を発表(しかもAl本人もMVに登場)。


この曲を制作した時の様子を、「Breakfast Club Power 105.1 FM」のインタビューにてQuincyは次のようにコメント。

「父とジョイントした時、初めは驚いてたよ。スタジオに行って、ちょっと見てって言う感じで話が始まって。一緒にやりたい曲があるんだって言われて、それまでの事も考えて驚いた。スタジオには僕のクルーもいて、スタジオ内は笑いが絶えなくて、今までで1番クールな時間だったね。父は、僕がこの曲を殺さなかった事に何より誇りに思ってた。息子であっても触れる事に躊躇するくらいクラシックな1曲だ。でも僕は触れた。僕は音楽に対してとても真剣だし、音楽は僕のパッションだし、これが僕なりな表現方法だ。「人生を通して、父とはぐらついた関係だった。でも僕はもう大人だ。彼は僕にとって父親というより友達みたいな感じかな。今はとてもクールな関係だよ。何があろうと彼は僕の父である事には変わらないけど、彼を父という側面で見ることは過去の物にしなくてはいけなかった。僕達の関係を過去の物にしたのは、1つだけの理由じゃない。全面的に父に反抗してた訳じゃなく、亡くなった祖母との長い会話の中で、彼を父として見なくていい事にしてくれたんだ。実際そうじゃなかったしね。だから今は、父との関係をもう1度定義付けしたんだ。『あなたは僕の父だ、でも...』ってね。父親と息子の関係を続けるには、何よりも友情がなきゃいけない。機械的なすり合わせじゃなくて、友達と接するみたいに、ランダムに繋げて行くみたいなイメージかな。周りは色々な事を言うけど、結局僕は彼の子供だ」

Quincy|I Can Tell You (Night and Day 2.0) feat. Al B. Sure!



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