ソングライターとして成功したNe-Yoは、歌手デビューをためらっていた。「必ずしも俺にとって必要なことではない」
- R&B SOURCE

- 8月4日
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アーティストになることをためらっていたというNe-Yo
アーティストとしてデビューする前、他のアーティストへ楽曲を提供するソングライターとして活動し、Marioの最高傑作「Let Me Love You」を手掛けるなど、裏方として既に大きな成功を掴んでいたNe-Yo(ニーヨ)。
Mario - Let Me Love You
その後、Ne-Yoは『In My Own Words』のリリース元である[Def Jam]とアーティスト契約を結ぶことになるものの、この時Ne-Yoはソングライターとして十分な収入があった為、アーティストとして表舞台に立つことを迷っていたという。
Ne-Yoが[Def Jam]との契約を掴むまでの道のりには、いくつかの説が存在。
その中でも有名なのが、当時[Def Jam]の社長だったJay-Zの前でオーディションを受けたというエピソード。
しかし、2021年にNe-Yoが「Billboard」のインタビューに答えた内容によると、Ne-Yo自身が[Def Jam]のオフィスを偶然訪ね、そこで急遽歌を披露する場面が訪れたことがきっかけだったとのこと。
Ne-Yoのサクセス・ストーリーへのキーマンは、'90年代にデビューしたR&BグループSomethin' for the PeopleのメンバーCurtis "Sauce" Wilson(カーティス・"ソース"・ウィルソン)で、彼はNe-Yoの知人であり、またNe-Yoのボーカル・プロデューサーを務めていた人物。
Somethin' for the People - And It Don't Stop
Ne-YoとCurtisは、当時米ニューヨークで様々なレーベルに自分達の音楽を売り込んでいたという。
そんなある日、2人はホテルに帰る途中に[Def Jam]のビルの前を通りかかり、Curtisは次のようにNe-Yoに伝え、ビルの中に入ったとのこと。
「高校時代の友人がここで働いているんだけど、何年も会っていないからちょっと挨拶したい」

しかし、Ne-Yoはこの時点で既に[Def Jam]へも売り込み済みだった為、あまり乗り気ではなかったという。
Curtisの友人は、[Def Jam]のA&R部門の責任者を務めていたTina Davis(ティナ・デイヴィス)で、当時Ne-Yoは彼女が何者なのかも全く知らず、部屋の隅で久々の再会を楽しんでいる2人の様子を見ていたとのこと。

そしてTinaの「最近何してるの?」という一言で事態が動き出し、Curtisは次のように答えたという。
「彼のような作家と仕事をしているんだよ」
そしてNe-Yoのデモ音源をTinaに聴かせたところ、彼女はその才能に興味を持ち、急遽Ne-Yoのオーディションが行われることに。
この時のNe-Yoは空腹で、軽く挨拶した後に早くディナーに行きたかったという。
それでも、チャレンジから逃げるタイプではない彼は、Tinaの前で全力で歌を披露。
しかし、彼女はNe-Yoのパフォーマンスを無表情で聴いていたとのこと。
その様子を見たNe-Yoは、オーディションの結果を察したものの、そもそもオーディションを受けに[Def Jam]に来たわけでは無かったので、全く気にしなかったという。
そしてTinaは、Ne-Yoに対して次のように質問。
「あなたを刺激するアーティストはいる?」
これに対してNe-Yoは次のように返答。
「実のところいないですね」
ところが、まるではかったかのようにUsher「Yeah!」のMusic Videoがその場で流れ、Ne-Yoは続けてこう発言したという。
「アーティストになるとしたら、多分この人みたいな感じですね」
Usher - Yeah! feat. Lik Jon, Ludacris
すると、その場でTinaはある人物に電話をしたとのこと。
「もしもし、Reid?あなたが会いたいかもしれない人が来ているわよ」

「一体何が起こったんだ?」
Tina Davisのはからいで、L.A. Reidがいるオフィスへと向かったNe-Yoは、L.A.に会ってこう言われたとのこと。
「君が次のビッグな存在なんだね?」
L.A.は、Babyfaceと共に'80年代からヒット曲を量産してきた音楽プロデューサーで、当時[Def Jam]の会長を務めていたR&B界きってのエグゼクティブ。
L.A.がいたオフィスには複数人がいて、TinaはNe-Yoのデモ音源を彼らの前で再生。
この時かけた音源は、「タクシーの席に座り、窓に『Lonely』と書いて、外から見ると逆さまに見える」というコンセプトから書いたという「YLENOL」という楽曲で、Ne-Yoにとっての自信作だったという。
しかし、L.A.を含むその場にいた全員は無表情で、何のフィードバックもないまま、Ne-Yoは約1時間ほどロビーで待たされることに。
そもそもNe-Yoは、[Def Jam]へオーディションを受けに来たわけでは無かったことから、一緒に来たCurtis Wilsonに次のように伝えたとのこと。
「もう行こうよ。何かを決めるのにこんなに時間はかからないだろう」
そうと言って帰ろうとしたところ、L.A.の助手が現れて、Ne-Yoに次のように告げたという。
「Reid氏が、あなたと契約をしたいから、あなたの弁護士の情報を知りたいと言っています」
Ne-Yoは学生時代、Envyというグループのメンバーとして活動し、アーティスト契約を目指したものの、契約には至らず。
その後、[Columbia Records]と契約を結ぶも、アーティスト・デビューの機会を失い、さらにDr. Dreとの契約も実現に至らなかったなど、幾度となくアーティスト・デビューへの道を阻まれてきたNe-Yo。
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そんな過去の苦い経験から、アーティストじゃなく裏方の作家になろうと方向転換した矢先だった為に、戸惑いを隠せなかったという。
「今、一体何が起こっているんだ?」

「なぜ君を変える必要があるんだい?」
しかし、L.A. Reidから[Def Jam]との契約を打診された際、Ne-Yoはまだ契約を躊躇していたという。
というのも、[Columbia Records]在籍時、レーベルが彼のために用意したデビュー・シングルは、Ne-Yo自身が歌ったものではなく、聞き覚えのない別人の声による楽曲だったとのこと。
「これは俺の曲じゃない。もっと自分らしい曲を作りたい」
このようにと伝えたものの、レーベルからは次のように言われ、かなりずさんな管理体制だったという。
「予算が底をついたからダメだよ」
また、レーベルの担当者は、街へ行くと5,000ドルもするディナーに連れて行ってくれたと思いきや、全て自分の作品の売り上げから前借りして支払われていることに気付くなど、メジャー・レーベルに対して強い不信感を抱いていたとのこと。
このような経験をしたNe-Yoは、[Def Jam]との契約を前に、L.A.にこう伝えたという。
「俺がアーティスト・デビューを望んでいることは理解して欲しいけれど、必ずしも俺にとって必要なことではないんだ。俺が全くの別人になることを強いるなら契約は御免だね」
この言葉を聴いたL.A.は、Ne-Yoに次のように言葉をかけ、この一言がきっかけでNe-Yoは[Def Jam]との契約を決めることに。
「彼が俺に言った言葉は、俺が今まで聞いた中で一番美しい言葉だった。彼は俺にこう言ってくれた。『私はすでに君のやっていることが好きだよ。なぜ君を変える必要があるんだい?』」





































