- R&B SOURCE編集部
Bobby Brown▶︎▶︎"My Prerogative"のレコーディング時、ボビーとテディは「ある事」で揉めていた。

"My Prerogative"のレコーディング時、Bobby BrownとTeddy Rileyは揉めていた
"Every Little Step"、"Roni"、"Rock Wit'cha"など、後世に残る名曲が詰め込まれたBobby Brownのデビュー・アルバム『Don't Be Cruel』の中で、最も強烈なインパクトだった1曲が"My Prerogative"。
ニュー・ジャック・スウィング生みの親Teddy Rileyが手がけたヘヴィーなスウィングR&Bで、後にも先にもこの"My Prerogative"が、Bobby Brown唯一の全米シングル・チャート1位を記録した楽曲でした。
しかし、"My Prerogative"のレコーディング時、Bobby Brownといざこざがあったと、Teddy Rileyが「Essence」に当時の様子を語りました。
Bobby Brown (ボビー・ブラウン)
My Prerogative
2人が揉めたのは、Bobby Brownのこだわりが原因?
Teddy Rileyは、以下のように語っています。
「"My Prerogative"は、Bobbyと一緒に自宅で作業に取り掛かっていて、その時はBobbyのヴォーカルはとても良かった。
でも、スタジオに入った時は、Bobbyがテノールだけで歌いたいと言い出した。この曲はテノールだけじゃキーが高すぎるって答えたんだ。
そのことが不服だったのか、Bobbyはスタジオから出ていった。
『この曲を他の誰かに渡すことだって出来る』と言ったけど、この曲はBobbyの為に作った曲だった」
この時、両者は目を合わせる事も出来ない状態で、Bobby BrownはTeddy Rileyを威嚇していたそうですが、3時間の休憩後にBobby Brownは再びスタジオへ戻り、Bobby Brownはもし仕上がりに満足できなかったら自分の思うようにするという条件付きで、再びレコーディングに取り組んだとのこと。
結果的に、Bobby Brownは仕上がりに満足し、全米シングル・チャート1位という快挙を達成。
続けて、Teddy Rileyは「アーティストがもっと出来るって知らせてあげるには、彼らが出来ると思っている以上のことを押し広げてある必要がある」と、語っています。
若くしてトップ・スターに上り詰めた代償か、素行が荒かったとされるBobby Brownを上手く扱い、結果で証明してみせたTeddy Rileyの手腕は流石ですね。
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