元々はBrandyの為に書かれたという、SWVの「Rain」

更新日:9月28日

SWVが歌う雨の日の定番曲「Rain」
’70年代にデビューしたベーシストJaco Pastoriusの「Portrait of Tracy」をサンプリングした、切ないトラックが印象的な「Rain」は、雨をテーマに歌うラブ・ソング。
「時には、霧雨のように優しく、私の魂にそっと触れる。
燃え盛る心の炎を冷ましてくれるから、私はただ、我を忘れてしまうの。
だから、私に降り注いであなたの愛を、雨のように降らせて。
ただ私に降り注いで」
'97年にリリースされたSWVのサード・アルバム『Release Some Tension』に収録され、全米シングル・チャートで最高25位を記録。
また、タイトルや歌詞のイメージ通り、「雨」をテーマにしたミュージック・ビデオも印象的。
しかし、このミュージック・ビデオではメンバーが長時間座ったまま映っており、それは撮影当時、リードボーカルのCokoがメンバーのLeanne “Lelee” Lyonsの靴につまずき、足首を骨折していたため。
そんなSWVの代表曲のひとつ"Rain"は、もともとBrandyのために書かれた楽曲だったという。
SWV - Rain
Brian Alexander Morganが、Brandyの為に書いた「Rain」
「Rain」を手がけたのは、SWVのデビュー・アルバム『It's About Time』のメイン・プロデューサーを務め、セカンド・アルバム『New Beginning』でもInterludeを含む全5曲の制作を請け負ったBrian Alexander Morgan。
SWV - It's About Time
「Rain」を収録した『Release Some Tension』の制作が行われていた当時、Brianは[Atlantic Records]と制作契約を結んでおり、この時に着手していたのが、同レーベルの看板アーティストBrandyの楽曲制作。
そして彼は、Brandyに「Rain」のデモ音源を提供したとのこと。
「Rain」のデモ音源は、米ニューヨークにある[Bad Boy Records]のスタジオ「Daddy's House Recording Studio」でBrandyがレコーディングをし、ボーカル・プロダクションはKelly Priceが担当。
Brianは、'98年リリースのBrandyのセカンド・アルバム『Never Say Never』への収録を目指して「Rain」を制作していたという。
しかし、そんなBrianのもとに、SWVの所属レーベル[RCA Records]から突然電話が入り、[COMPLEX]の記事によると、SWVのA&RはBrianに対して次のように伝えたとのこと。
「君の曲が無いと、SWVの本当のアルバムにならない。君が作っている'Rain'を聴いたんだが...」
これに対し、Brianは次のように返答。
「君達は、前回のアルバム(『New Beginning』)から俺の曲を1曲もシングル・リリースしなかった。何故、俺が何かを与えなくてはいけない?Brandyがこのレコードを満足しているから俺は満足だ」

Brianは、全米シングル・チャート1位を記録した「Weak」を筆頭に、「Right Here」「I'm So Into You」「Anything」「You're Always On My Mind」など、デビュー・アルバム『It's About Time』からのシングルの大半を手がけ、SWVのデビューを大成功へと導いた立役者の1人。
しかし、セカンド・アルバム『New Beginning』でBrianが手がけた以下の5曲はいずれもシングルカットされず、[RCA Records]のこの判断は、SWVの人気を築き上げてきたBrianにとって、大きな不満を残すものとなってしまうことに。
・Whatcha Need
・Fine Time
・What's It Gonna Be
・That's What I'm Here For
・Soul Intact (Interlude)
ちなみに、『New Beginning』に収録された「On & On」には、Brianと親交の深いラッパー、Erick Sermonが参加しており、プロデュースもErickが担当。
こうした共演が実現した背景には、Brianの人脈もあったのかもしれず、しかしそうした中、自身が手がけた楽曲がシングルとして選ばれなかったことで、SWVの成功に大きく貢献してきたBrianとしては、[RCA Records]の判断にやるせない思いを抱いたとしても不思議ではない話。
SWV - On & On feat. Erick Sermon
[RCA Records]の対応を裏切りと捉えたBrianは、「Rain」をBrandyと一緒に制作する意向を固めていたものの、その後、レーベル間のやり取りを経て、最終的に「Rain」はSWVのもとへ渡ることに。
また、SWVのメンバーはこの曲に対して次のように言及。
「Brandy自身が、最終的に'Rain'を選ばなかったのよ。彼女がこの曲を欲しがらなかったことは嬉しかった。この曲が私達の生活を楽にしてくれたから」
Brianは、デビュー・アルバム、セカンド・アルバムでは多くの楽曲を手がけてきたものの、結果的にサード・アルバム『Release Some Tension』で彼が手がけた楽曲は、この「Rain」1曲のみ。
SWV - Release Some Tension
Brian Alexander Morganの楽曲がシングルカットされなかった驚愕の理由
ここで、ひとつ疑問として残るのが、「なぜ[RCA Records]は、セカンド・アルバム『New Beginning』から、Brian Alexander Morganがプロデュースした楽曲を、1曲もシングル・リリースしなかったのか?」という点。
SWVのデビュー・アルバム『It's About Time』は、全米アルバム・チャート最高8位という堂々たる結果を残し、「Right Here」のリミックス・バージョンも含めると、収録曲の約半数にあたる実に7曲がシングル・リリース。
・Right Here
・I'm So Into You
・Weak
・Right Here (Human Nature Mix)
・Downtown
・You're Always On My Mind
・Anything
しかも、全米シングル・チャートでトップ100入りを果たせなかった「Downtown」以外は、全てBrianがプロデュースした楽曲。
これだけの実績を残したプロデューサーの楽曲を、次のアルバムでは1曲もシングル・リリースしないというのは、確かに少し不自然な話。
仮にプロデューサーとアーティスト、あるいはマネジメントとの間に何らかの問題が生じていたとしても、レーベルとしては、これまで成功に大きく貢献してきた人物との関係を調整し、引き続きヒットを生み出せる環境を整えることが重要。
しかし、Brianが「COMPLEX」のインタビューで語った内容によると、セカンド・アルバムで彼の楽曲がシングル・リリースされなかった背景には、デビュー・アルバムでの「ある事」が関係していたという。
「SWVの初めてのアルバムは大成功し、トリプル・プラチナになった。そしてこのアルバムがきっかけで、アルバムに1人のプロデューサーと作詞家だけがクレジットされる時代が終焉を迎えた。俺は即座にターゲットにされたんだ。トリプル・プラチナになったアルバムのほぼ全ての制作を俺1人で行ったから、恐らく俺はSWVのメンバーや彼らのマネジメントよりも多くの報酬を得ることになった。まぁ、みんな自分達の成功に関わらず、この流れを早急にストップさせたかったんだろうね。だから、セカンド・アルバムでは俺の曲は1曲もシングルにならなかったけど、いくら何でもそれはやりすぎだと思う。多くのファンは『'Fine Time'がシングルになるべきだった』とよく言ってくれるよ」
SWV - New Beginning
Lalah Hathawayのヒントがきっかけで生まれた「Rain」
SWVのデビュー・アルバムを手がけた時点では、まだ無名のプロデューサーだったものの、このアルバム1枚でいきなり大成功を収めたことで、結果的に「出る杭」として打たれてしまったBrian Alexander Morgan。
しかし、結果を出したBrianへの評価は一気に高まり、その後はUsher、Missy Elliott、Faith Evansといったトップ・アーティストたちの楽曲を手がけるようになり、そして、そんな仕事の中で出会ったのがLalah Hathaway。
彼女との出会いが、後に「Rain」へとつながるひとつの転機になったという。
Brianは'94年、Lalahの「Let Me Love You」を手がけており、その制作を行っていた際、彼女から「Rain」の元ネタであるJaco Pastoriusの「Portrait of Tracy」をら教えてもらい、これが、後に「Rain」へ取り入れることになるアイデアのきっかけとなったとのこと。
Lalah Hathaway - Let Me Love You
当時の様子を、「YouKnowIGotSoul.com」のインタビューでBrianは次のようにコメント。
「Lalah Hathawayは天才で、ジャズの達人であり、彼女の存在自体がカッコよかった。'94年に俺が彼女の'Let Me Love You'を制作していた時、彼女が'Rain'の元ネタを教えてくれたんだ、本当に感謝しているよ。でも、俺は彼女に教えてもらっていたこの曲を、数年間忘れていたんだ。そしてある日、シャワーを浴びている最中に'Rain'のフック全体が突然俺の頭に浮かんだんだ。しかも、この楽曲に相応しいキーで聞こえた。俺はタオルを巻いたまま急いでスタジオに行き、サンプリング元の楽曲を確認したら、まさに同じキーだった。俺はこれがサインだと受け取ったよ。これが'Rain'が生まれた経緯さ」
世界的ベーシストとして活躍したJaco Pastoriusは、'87年に35歳という若さでこの世を去ったものの、Lalahは2023年にX(旧Twitter)で次のようにポスト。
「Jaco Pastoriusは、自分がソウル・ミュージックにどれほどの影響を与えることになるか想像できなかったでしょう」
Jabo Pastorius - Portrait of Tracy
「Rain」と繋がりが深いあのアーティスト
Lalah Hathawayのポスト通り、SWVの「Rain」がリリースされて以降、SWVとJaco Pastoriusにオマージュを捧げるアーティスト達は後を絶たず、中でも最も有名な1曲がラッパーChingyが2006年にリリースした「Pullin' Me Back」
Jermaine Dupriがプロデュースしたこの曲は、「Rain」をベースにして作られ、Tyreseをゲスト・ボーカルに迎えた2000年代ヒップホップの名曲。
しかもTyreseと言えば、SWV「Rain」のミュージック・ビデオにも出演しており、Tyreseにとっては何かと縁の深い楽曲。

ちなみに、Chingyの「Pullin' Me Back」は、「Rain」の記録を上回る全米シングル・チャート最高9位を記録し、原曲を超える大ヒット曲に。
Rain|25位
Pullin' Me Back feat. Tyrese|9位
Chingy - Pullin' Me Back feat. Tyrese
[RCA Records]の対応に不満を抱きつつも、結果的に「Rain」がヒットしたことで、この曲はBrianの人生を大きく変えることに。
というのも、「Rain」がヒットしただけでもBrianにとっては十分な成功。
しかし、本当の意味で彼の人生を変える出来事が起きたのは、リリースからしばらく経ってからのことで、後にさまざまなアーティストが「Rain」をカバー、サンプリングしたことで、Brian自身も予想していなかった大きな恩恵を受けることになったという。
「'Rain'が俺の人生を変えることになったけど、ある素晴らしいことを全く予想出来なかった。この曲を様々なアーティスト達がカバーしてくれて、それらの曲がヒットしたことにより、俺の出版契約の債務を返済してくれたんだ('Rain'がサンプリングされる毎に、原曲の制作者であるBrianにも一定の報酬が入り続けるため)。ジャズ・アーティストのNorman Brownが'Rain'をカバーし、彼のアルバムはゴールド・ディスクを獲得した。その後、ラッパーのMaster Pが'Ghetto Love'で"Rain"をサンプリングし、'Ghetto Love'を収録した彼のアルバム『MP Da Last Don』は400万枚も売れて、俺の債務を一挙に返済してくれたよ」





































