Teddy Rileyが、Guyの「Teddy's Jam」をやりたくなかったと明かす。「俺の名前が入った曲なんて嫌だよ」


「俺の名前が入った曲なんて嫌だよ」
ニュー・ジャック・スウィングという新たなサウンドを世界中で大流行させた、伝説のR&BグループGuy。
そんな彼らの楽曲の中でも、特に異彩を放っていたのが「Teddy’s Jam」
ファンク、ヒップホップ、R&Bを大胆に融合し、強烈なドラムと跳ねるようなグルーヴでフロアを揺らす、エネルギッシュなインストゥルメンタル・トラック。
歌を前面に出すのではなく、ビートそのものを主役にし、さらにこの曲のプロデューサーでもあるTeddy Rileyの名前を冠したアプローチは、当時のR&Bにおいてあまりにも斬新。
まさに、Teddyが生み出したニュー・ジャック・スウィングの革新性を凝縮した1曲。
しかし、当のTeddy本人は、この曲をやることを躊躇していたという。
「VIBE」のインタビューで、Teddyは当時の状況を次のように回想。
「俺は'Teddy’s Jam'をやるのが本当に怖かったんだ。『おい、タイトルに俺の名前が入った曲なんて嫌だよ』って(笑)。でもAaron Hallたちが、どうしてもやれって背中を押してきた。俺はいつもシャイなほうだったんだ。'Groove Me'のビデオを見れば、それが分かると思う。自分のパートをやると、すぐに頭をキーボードのほうに下げていたからね。そもそも俺はGuyのレコードに参加したくなかったし、ましてやシンガーになりたいなんて思っていなかった。俺をステージに引っ張り出したのは、Gene Griffinだった。Geneは俺にこう言ったんだ。『Teddy、お前がビジュアル面でも知られるようになるには、外に出て歌わなきゃいけない』ってね。それでGeneが俺にボイストレーニングを受けさせてくれた。素晴らしい人たちにも指導してもらったよ。俺は自分を、George ClintonやJohnny “Guitar” Watsonと同じカテゴリーに入れたんだ。いわゆる伝統的なシンガーではない、という意味でね。Keith Sweatのときに使ったようにVocoderを手に取って、それからトークボックスも使い始めた。Roger Troutmanを研究したんだ。そうやって『Teddy’s Jam』が生まれたんだよ」
Guy - Teddy's Jam
「Teddy's Jam 2」
しかし、Teddy Rileyの不安をよそに、「Teddy’s Jam」は全米R&Bシングル・チャート最高5位を記録するヒットとなり、Guyの名前だけでなく、「Teddy Riley」というプロデューサーの存在そのものを強く印象づけることに。
その後、Guyの成功によってTeddyの名前は一気に広まり、彼はBobby Brown、Heavy Dらを手掛ける売れっ子プロデューサーへと成長。
'91年、「Washington Post」はTeddyを次のように紹介している。
「何よりもまず、彼はGuyのフロントマンである。しかし、Guyが大きな成功を収めている一方で、彼は依然として、他のR&B、ラップ、ポップ・アーティストの大ヒット曲を手掛けたソングライター兼プロデューサーとして広く知られている」
そんな中で制作されたのが、'90年に発表されたGuyのセカンド・アルバム『The Future』に収録された「Teddy’s Jam 2」
この曲は、単にタイトルだけを引き継いだ続編ではなく、オリジナル版「Teddy’s Jam」のボーカル・フレーズを再び取り入れながら、George Clinton「Atomic Dog」やSly & the Family Stone「Sing a Simple Song」などをサンプリング。
さらにTeddyのプログラミングとファンク感を前面に押し出し、前作のアイデアをより大胆に拡張した作品。
当初、Teddyはやることを躊躇していたこの曲を、なぜ一度きりではなく、「Teddy’s Jam 2」まで作ったのか。
その背景には、オリジナルの「Teddy’s Jam」がヒットし、Teddy自身の名前がプロデューサーとして広く認知されたことにより、「Teddy Rileyのプロダクションを聴かせる」というこのフォーマットが、続けるだけの意味や価値を持つようになったからだと言えそう。
Guy - Teddy's Jam 2
「Teddy's Jam 3」
結果的に、「Teddy's Jam 2」はシングルとしてプロモーション盤が制作されたものの、大々的な商業リリースには至らず。
しかし、「Billboard」のライバル誌「Cash Box」は、この曲を次のように評価
「ボーカルが入るのはほんの数か所に限られているものの、R&Bラジオでヒットする十分な可能性を秘めている。何より、とてもキャッチーな仕上がりだ」
その後、Guyは一度解散するものの、'99年に再結成。
9年ぶりとなるニュー・アルバムの制作を進め、翌2000年に『Guy III』をリリース。
そして、この作品に収録されたのが「Teddy's Jam 3」
シリーズ第3弾となるこの曲で、これまで以上に色濃く感じられるのが、Teddy Rileyが大きな影響を受けたファンク・アーティストのRoger Troutman、そしてZappへのリスペクト。
「I Can Make You Dance」と「Dance Floor」という、Zappの2つの楽曲を大胆にサンプリングしながら、「Teddy’s Jam」ならではのファンク・グルーヴへと昇華した、シリーズの中でもひときわ異彩を放つ1曲に。







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