Jam & Lewisが語る、Cherrelle「Saturday Love」の制作裏話。「2番の歌詞を書くのが面倒くさかったんです(笑)」
- R&B SOURCE

- 13 時間前
- 読了時間: 4分

不安と手探りの末に完成した名曲「Saturday Love」
音楽の世界に入る前、地元デトロイトの銀行で働いてた、'80年代を代表する女性R&BシンガーCherrelle(シェレール)。
しかし彼女は遅刻癖があり、上司から毎日のように「Cher-relle(シェ、レール!また遅刻か!)」と、名前を強調して呼ばれていたという。
彼女はのちに、この皮肉をそのまま自身のアーティスト名「Cherrelle」として採用。
そして、当時シンガーを目指していた彼女の最大の転機は、家の隣にベーシストのMichael Hendersonが住んでいたこと。

Miles Davis、Stevie Wonderらとの共演歴もある彼に見出された彼女は、ツアーやレコーディングに同行。
その後、R&B界の巨匠Luther Vandrossのバックコーラスにも抜擢され、頭角を現すことに。
そして彼女が制作したデモ・テープは、「ブラック・ゴッドファーザー」の異名を持つ音楽業界の重鎮Clarence Avant(クラレンス・アヴァント)の目に留まり、彼が主宰する[Tabu Records]と契約。
![[Tabu Records]を創設した音楽業界の重鎮Clarence Avant](https://static.wixstatic.com/media/8efdae_99e03dcd9c31473bbcc1d80eb1bf28ef~mv2.jpg/v1/fill/w_980,h_490,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/8efdae_99e03dcd9c31473bbcc1d80eb1bf28ef~mv2.jpg)
そしてレーベルと契約したCherrelleのプロデュースを任されたのが、当時PrinceのバンドThe Timeを解雇されたばかりのJam & Lewis(ジャム&ルイス)。
関連記事
彼らが全面バックアップしたことで、Cherrelleは一躍スターダムへと駆け上がることに。
そんなCherrelleの代表曲といえば、恋人との日々を曜日になぞらえて歌ったラブ・ソング「Saturday Love」
当時まだ駆け出しだったJam & Lewisにとって、この曲の制作は不安と手探りの連続だったという。
当時の状況を、Jimmy Jamは「Red Bull Music Academy」のインタビューで次のように回想。
「この曲の最初のアイデアは、自分のアパートで生まれました。当時、ミネアポリスの高層マンションの最上階にある独身用の部屋に引っ越したばかりで、本物のピアノを置くスペースがなかったんです。それでヤマハのCP-70を買いました。あれは本物のピアノみたいに弦が入っているけど、持ち運びもできるピアノだったんですよ。それで座ってコードを弾きながら、あの小さなフレーズを思いつきました。そのとき頭の中で、『Sunday、Monday、Tuesday、Wednesday、 Thursday、Friday、Saturday、love』っていうメロディが浮かんできて、『これはいいぞ。すごくいい!』って思ったんです。そのあとスタジオへ行くと、Terryがいました。私は「Terry、新しいアイデアがあるんだ!』と言うと、彼が『どんなもの?』って聞いてきました。でもその瞬間、『これって史上最高に馬鹿げたアイデアなんじゃないか?』って思ってしまったんです(笑)。『えーっと…曜日を並べるだけなんだけど…いや、やっぱ忘れてくれ。大したことないよ』と伝えると、Terryが、「いや、聴かせてよ!』と言うので、「Sunday、Monday、Tuesday、Wednesday、Thurs...』って歌ったんです。そのとき私は、『これじゃ『セサミストリート』みたいじゃないか。なんて馬鹿な曲なんだ』って思いましたよ(笑)。それでもTerryは、『弾いてみてくれ!』と言うので、とにかく弾きました。すると彼は、『いや、いいじゃないか。これをもとに何か作れるぞ』と言ってくれました。それで、本当にシンプルなドラム・ビートを乗せたんです。ドラム・パターンなんて3秒でできたくらい簡単なものでした。そしてそのまま演奏してみたんですが、そのときは2人とも、この曲がそこまで特別なものになるなんて思っていませんでした。少なくとも私は、『すごい曲だ』とは思っておらず、『まぁ、何かできたかな』くらいの感覚でした。その頃はCherrelleのアルバム制作を進めていて、Alex(Alexander O'Neal)のアルバムはすでに完成していました。それで、「この2人を組み合わせたら面白いんじゃないか」と思ったんです。

それと、この曲について面白いことがあるんです。気づいた人がいるかどうかわからないですが、1番と2番の歌詞が実はまったく同じなんです。違うのは歌い方や表現だけ。なぜそうなったかというと、単純に2番の歌詞を書くのを面倒くさかったんです(笑)。あとになって振り返ると、みんなが『なんて天才的な構成なんだ!』なんて言うわけです。私は、『そういうことにしておこう』という感じなんですがね(笑)。それから思い出すのは、やっぱりAlexの歌声ですね。本当に素晴らしかったです。もちろん2人とも最高だったんですが、Cherrelleは本当に忍耐強い人でした。当時の僕らは、まだレコーディングのやり方を勉強している最中。スタジオは自分たちで作ったんですが、エンジニアが辞めてしまって、自分たちで機材の使い方を覚えなきゃならなくなってしまったんです。しかも当時は今みたいにプラグインやコンピューターなんてない時代。本物のパッチベイがあって、マイクを使うだけでもケーブルを差し替えたり、全部手作業でした。そして運よく、そのとき一緒に仕事をしていたのがCherrelleだったんです。彼女をブースに入れてから、『Cherrelle、ちょっとヘッドホン外して。今から配線をつなぎ替えるから、何が起きるかわからないんだ』と伝えたんです。すると案の定、スピーカーが爆音を出したりするんです(笑)。私たちは、『ごめん、Cherrelle!』というと、彼女は『大丈夫よ。ちゃんとできるようになるから。気にしないで」と言ってました。本当に優しい人でした。そしてAlexの歌声は、本当に最高中の最高でした。これまで一緒に仕事をした中でも、彼以上に才能のある人はいなかったかもしれないです。だから、彼とCherrelleを組み合わせたことは本当に最高でした。結局、この曲が成功した最大の理由は、2人の相性が本当に素晴らしかったことだと思います」



































