Jam & Lewisが、Sounds Of Blacknessの「Optimistic」を「最高の1曲」として即答する理由。「宇宙人が再生すべき曲は絶対にこの曲です」
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- 2 日前
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Jam & Lewisは、なぜSounds of Blacknessの「Optimistic」をお気に入りの曲として即答するのか
'69年に、米ミネソタ州ミネアポリスのマカレスター大学で結成された、総勢30名以上の大型ボーカル&インストゥルメンタル・アンサンブルMacalester College Black Voices。
'71年、のちにユニットのリーダーを務めるキーボーディストGary Hines(ゲイリー・ハインズ)が音楽監督として参加。
これを機にグループ名を現在のSounds Of Blackness(サウンズ・オブ・ブラックネス)へと改名し、ゴスペルを軸にR&B、ジャズ、ロック、ブルース、レゲエなど、アフリカ系アメリカ人音楽の歴史を融合させた唯一無二のサウンドを確立。

大所帯ならではの迫力あるコーラスとエンターテインメント性あふれるパフォーマンスを武器に、着実に支持を広げていった彼らは、自主制作のデビュー・アルバム『Images Of Blackness』を'74年にリリースしたものの、その後は大手レコード会社との契約に恵まれることなく、本格的なブレイクには至らず。
しかし、'80年代後半にはAnn Nesbyの加入をはじめ中心メンバーが固まり、圧倒的な歌唱力と成熟したハーモニーを備えた、黄金期とも呼べる布陣が完成。
そしてSounds Of Blacknessの運命は、Jam & Lewis(ジャム&ルイス)がある1人のアーティストを彼らのライブへ連れてきたことで、大きく動き出すことに。
その人物こそ、Jam & Lewisとのタッグで才能を開花させたJanet Jackson(ジャネット・ジャクソン)。

Sounds Of Blacknessと同じミネアポリス出身のJam & Lewisは、以前からその実力を高く評価していたものの、契約には至っていなかったという。
しかし、ライブを目の当たりにしたJanetのある一言で、状況が一変。
これを機に、Jam & Lewisは自身が立ち上げた新興レーベル[Perspective Records]との契約を決断したとのこと。
当時の状況を、Jimmy Jamは「BET」のインタビューで次のように回想。
「私たちの周りには本当に素晴らしい才能がたくさん集まっていました。私はいつも、Sounds of Blacknessの発掘に関しては、Janetに功績があると言っています。というのも、私たちは彼らと同じ環境で育ち、多くの場所で同じライブに出演していたからです。ある時、私たちは彼女を彼らのショーに連れて行きました。すると彼女はライブ中ずっと、私たちの体を小突いてこう言っていたのです。『なんてこと、彼らジャズをやってるわ。嘘でしょ、ロックもやってる。信じられない、R&Bもやってるじゃない。なんてこと、ブルースまでやってるわ!』私たちは「それが彼らのスタイルなんだ。いつもそうやってるんだよ』という感じでしたが、彼女の目を通して、彼女がそのステージにどう反応しているかを見るのは新鮮でした。そしてコンサートが終わったとき、彼女が『あなたたち、彼らと契約すべきよ』と言ったのを覚えています」
![Sounds Of Blacknessを自身のレーベル[Perspective Records]の第1弾アーティストに選んだJam & Lewis](https://static.wixstatic.com/media/8efdae_0a66c34d87184739932b3d375b761449~mv2.jpg/v1/fill/w_980,h_490,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/8efdae_0a66c34d87184739932b3d375b761449~mv2.jpg)
そして'91年、Sounds Of Blacknessは当時Jam & Lewisが立ち上げたばかりのレーベル[Perspective Records]と契約し、レーベル第1弾アーティストとして、アルバム『The Evolution of Gospel』でメジャー・デビュー。
Sounds Of Blackness - Evolution Of Gospel
しかし、Sounds Of Blacknessのデビュー当時は、レーベルに潤沢なプロモーション予算がなかったとのこと。
そこでJam & Lewisは自腹でバスをレンタルし、総勢40人以上のメンバー全員を乗せて、ミネアポリスからニューヨークへと向かうことに。
彼らはニューヨークの街角やレストランに次々と現れ、その場で生歌を披露するという地道かつ圧巻のプロモーションを展開。
その圧倒的なパフォーマンスで、業界関係者やラジオDJに強烈なインパクトを与え、その実力を認めさせたという。
ユニットのリーダーGaryは、「SoulTracks」の記事で当時の状況を次のようにコメント。
「正直に言うと、最初のマーケティング費用やツアー・サポートの資金は、すべてJimmyとTerryが自腹で負担してくれたんだ。[A&M Records]([Perspective Records]の親レーベル)は、僕たちが[Perspective Records]の第1弾リリースになることを、あまり歓迎していなかった。『Sounds Of Blackness』というグループ名、そしてスピリチュアルやワーク・ソングからゴスペル、ブルース、R&Bまでを網羅する幅広い音楽性についても、市場性に確信を持てなかったんだ。僕たちは全米どころか海外でもほとんど無名だったから、『これをどうやって売り出せばいいんだ?』という反応だった。でも実際には、JimmyとTerryはすでに膨大な下準備を進めてくれていた。Whoopi GoldbergやQuincy Jonesといった著名人から推薦コメントを集めてくれたし、Donnie Simpson(ブラック・ミュージック界で絶大な影響力を誇ったDJ兼テレビ司会者)はBETの番組『Video Soul』で、僕たちのデビュー・シングル'Optimistic'をテーマ曲として使ってくれたんだ。その結果、[A&M]は発売初週のアルバム注文数の多さに、完全に驚かされることになったよ」

そして彼らの人気に火をつけた曲が、Jam & Lewisがプロデュースを担当した、メジャー・デビュー・シングルの「Optimistic」
今な世界中のファンに愛されるこの曲は、困難や絶望の中にいても希望を捨てず、前を向き続けることの大切さを歌ったゴスペル色の強いメッセージ・ソング。
当時、全米R&Bシングル・チャートでは3位を記録するヒットとなった一方、全米シングル・チャートではトップ100入りを逃し、全米規模のメガヒットには至らず。
しかし、Jam & Lewisが米国の朝の看板生放送番組「Good Morning America」に出演した際、「これまでに自分たちが手がけた膨大な楽曲カタログの中で、一番お気に入りの曲は何か?」という究極の質問を受け、Jimmy Jamは次のように即答。
「それは簡単な質問です。Sounds Of Blacknessの'Optimistic'です。もし地球にタイムカプセルが埋められて、100年後に宇宙人が地球にやってきてそれを開けたとします。そのタイムカプセルに『Jam & Lewis』と書かれていたら、宇宙人が再生すべき曲は絶対に'Optimistic'です。なぜならあの曲を聴けば、私たちの人間性や音楽への姿勢といったすべてを、宇宙人にさえ理解してもらえると思うからです」
またJimmyは、[BET]のインタビューで[Perspective Records]を立ち上げた理由、そして「Optimistic」に対する想いを次のようにコメント。
「私たちは、人々が『聴きたがっている音楽』というよりも、人々が『聴く必要がある音楽』を作りたかったんだと思います。Sounds Of Blacknessと契約を結ぼうとした時、私たちはすでにMint Conditionと契約を結んでいました。当時、世の中にバンドが全くいないことは分かっていましたが、彼らは素晴らしいバンドだったので『よし、彼らと契約しよう』と決めていたのです。つまり私たちは、市場に存在していないもの、人々に必要だと感じたものを形にしたかったんです。Sounds Of Blacknessはその完璧な例です。そして今でも、あらゆるイベントで彼らの'Optimistic'が流れているという事実。それが嬉しい出来事であれ、悲しい出来事であれ、何であれ、あの曲は人々の人生のサウンドトラックになっています。私はいつも、あの曲は私たちがこれまで関わってきた中で一番お気に入りの曲だと言っています。自分たちが書いたと言うことすらおこがましいほどです。なぜなら、神様があの曲を書き、私たちはそれを届ける役目を与えられただけなのですから」



































