奇才Timbalandに認められたTink
'94年、R. Kellyが全面プロデュースしたデビュー・アルバム『Age Ain't Nothing But a Number』を発表したAaliyah。
この2年後の'96年、彼女は次なるステージへと進む為に新たなパートナーを見つけることになり、その人物が当時頭角を現してきた気鋭のプロデューサーTimbaland。
Aaliyahが「彼のサウンドは他とは違ってユニークで魅力的だった」と絶賛した、これまでのR&Bの概念を覆す斬新なサウンドでシーンに新たな風を吹き込んだTimbalandは、'96年リリースのAaliyahのセカンド・アルバム『One in a Million』の全面制作を請け負い、この作品が全米アルバム・チャート最高18位という大ヒットを記録したことが大きな転機となり、この後にAlicia Keys, Ginuwine, Justin Timberlakeらの楽曲を手がけるトップ・プロデューサーへと上り詰めることに。
そんなTimbalandが惚れ込み、彼のレーベル[Mosley Music Group]と契約したのが、米イリノイ州シカゴ郊外のカルメットシティ出身の女性アーティストTink。
Timbalandに認められたという才能だけに、Tinkの名は瞬く間にR&Bシーンで話題を集めていった中、彼女の存在を決定的にした楽曲が、2015年リリースのシングル"Million"。
この楽曲は、TimbalandがR&Bシーンに革命を起こしたAaliyahの歴史的1曲"One in a Million"をサンプリングした、Timbaland自身もこれまでに手をつけることをためらっていたという、Aaliyahの遺産に触れた禁断の1曲。
しかし、当のTink本人はTimbalandとの出会いを「The FADER」のインタビューで次のようにコメント。
「私のキャリアで最悪の間違いの1つだった」
Million
Tink
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メジャー・レーベルとの契約は必要ない
2014年、Tinkは同郷のR&BシンガーJeremihを迎えたシングル"Don't Tell Nobody"を発表し、この曲がきっかけで彼女はTimbalandと急接近。
Don't Tell Nobody
Tink
この曲は、同じく同郷出身のプロデューサー・チームDa Internzがプロデュースを担当しており、Da InternzのメンバーKosineがスタジオ・セッション中にこの"Don't Tell Nobody"を流したところ、この曲に反応したのがTimbalandだったとのこと。
Timbalandと繋がったTinkは、この時「Timbalandと出会ったことは夢のようだった」と飛びつき、彼女は直ぐにTimbalandの元でレコーディングをし、Timbalandは彼のレーベル[Mosley Music Group]、そして同レーベルのディストリビューターである[Epic Records]との契約を勧めることに。
しかし、Tinkは自分自身の目標を達成するためにメジャー・レーベルとの契約は必要ないと主張。
というのも、Timbalandから受けたラブ・コールがTinkにとって初めてのメジャー・レーベルからの誘いではなく、それ以前に[Motown Records]や[Columbia Records]からのオファーを受けながらも、Tink自身の意向でこれらの申し出を全て断っていたとのこと。
ただ、当時のTinkは音楽だけで生活が成り立っておらず、また音楽を真剣に取り組んでいることを家族にも理解してもらいたいという思いで、結果的に[Mosley Music Group]、そして[Epic Records]と契約する決断を下すことに。
Tinkは選ばれし者?
Timbalandと正式にタッグを組み、Timbalandの元でアルバムの制作をスタートさせたTink。
そんな中、TimbalandとTinkが同じステージに立ち、TinkがAaliyah"One in a Million"のサンプリング曲を披露した後、Timbalandはステージ上で次のように発言し、この出来事がTinkの人生を大きく変えることに。
「俺は彼女のレコードには触れない、それがAaliyahだっていうことは分かるだろう。俺が寝ている時、夢にAaliyahが出てきてこう言った。『彼女は選ばれし者だ』」
この発言を聞き、ステージ上で落ち着かない様子だったTinkは、当時の心境を「The FADER」の記事で次のようにコメント。
「あの日のことは昨日のように覚えているわ。あの演じられ方が信じられなかった。私はAaliyahの場所を取ろうとする気はなかったし、彼女の後釜に座るつもりもなかった」
Timbalandの独断で「第2のAaliyah」という位置付けにされたことに対し、あからさまな不快感を示したTink。
ちなみに、TimbalandとTinkの仕事上の関係は非常に不安定だったようで、気が合っていると思ったら、次の瞬間には意見が合わないということもしばしばあったとのこと。
そんな2人が制作したTinkのデビュー・アルバム『Think Tink』は、Aaliyahの遺産にも触れた"Million"を収録してリリースされる予定だったものの、このアルバムはリリースされることなくお蔵入りに。
Timbalandと決別
TinkとTimbalandの2人は、共同で多くの楽曲を制作したものの、正式に発表された楽曲は"Around the Clock feat Charlamagne Tha God"、"Ratchet Commandments"、そして"Million"の3曲のみ。
Tinkいわく、アルバム音源は完成していたものの、Timbalandの反対でアルバム・リリースは延期を繰り返し、また3曲の先行シングルの結果も乏しかった為に、レーベル側に予算を削られていくことに。
Tinkは定期的なリリースを重ね、ファンとの繋がりを重視したかった一方、レーベル側はTinkと真逆の考え方だったようで、またTinkとTimbalandの関係性もとても良好な状態ではなく、Tink自身は自分の作った楽曲が受け入れられると願ってメジャー契約したものの、もはやそんな状況ではなかったとのこと。
[Mosley Music Group]、そして[Epic Records]の対応に不満を感じ続けていたTinkは、レーベル側からの反対を押しのけ、レーベル在籍中に地元で制作した2つのミックステープを発表したものの、レーベルのサポートがなかった為、コマーシャル的には失敗。
Tink自身、自分の才能を信じていたものの、業界で成功するにはそれらを2の次にしなければいけないことを痛感させられ、しかしそれでも本当の自分を押さえつけ、レーベル側に歩みよる事が出来なかったとのこと。
元々はメジャー契約など望んでいなかったTinkだっただけに、Timbalandとの出会いに飛び込んでしまった自身の経験を振り返り、Timbalandとタッグを組んだ過去を「私のキャリアで最悪の間違いの1つだった」と、当時の心境を赤裸々に告白。
Tinkの主張としては、「何かを手に入れるには、数段必死に戦わなければいけない。不幸にも、理にかなう説明は出来ない。それが現実。男性よりも劣っていると感じられたり、他の男性の意見ほど真剣に捉えられていない」と、男性主導の社会構造において、女性アーティストとしての様々な苦悩があったとも語っており、しかし「学んだことを次のステップに活かす事に集中している」と、答弁は常に前向き。
Timbalandと仕事をしていた時期は、地元とマイアミを行き来する生活を送っていたようで、「バス停や地面に積った雪、そういった何気ない光景を見ながら、地元シカゴの家で過ごしている時に1番良い作品を作り出せる」と、Timbalandとの関係を打ち切り、元の環境に戻れたことに幸せを感じている様子のTink。
そんな彼女は、Timbalandの元を離れた2020年に、Timbalandと制作した楽曲には一切触れず、1から作り直した待望のデビュー・アルバム『Hopeless Romantic』を発表し、全米アルバム・チャート最高99位を記録する堂々の結果を残すことに。
Hopeless Romantic
Tink
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「シカゴにいると最強のコンセプトが見つかる」
Tinkにとっては回り道になったものの、彼女はメジャーという大舞台で成功するよりも、創作活動の自由さや、自身のルーツを尊重することの方が遥かに大切であり、しかもそれをメジャー契約前に感じていたというから、実に優れた直感力を持つアーティストだと感じさせる、Tinkの一連のエピソード。
そんな彼女は、R. KellyからTimbalandへとパートナーを変えてアップグレードしたAaliyahの如く、Timbalandに代わる新たなパートナーを見つけ、それがChris Brown, Jeremih, Eric Bellingerらの楽曲を手がける、同郷シカゴ出身の敏腕プロデューサーHitmaka。
Tinkは、Hitmakaをエグゼクティブ・プロデューサーに迎え、2021年にセカンド・アルバム『Heat of the Moment』を発表し、同アルバムはデビュー作を大幅に上回る全米アルバム・チャート最高54位を記録。
Heat of the Moment
Tink
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両者は同じ出身地ということもあり、TinkはHitmakaに対して特別な想いを抱いているようで、地元シカゴのラジオ番組「WGCI-FM」に出演した際、Hitmakaへの想いをTinkは次のようにコメント。
「プライベートなことはさておき、私達は一緒に沢山の仕事をこなしたわ。彼は私の特別な友人で、とても親しい関係よ。ビジネスでもプライベートでも素晴らしい関係を築いているわ。私、彼には弱いの」
Tinkが書く歌詞は、地元シカゴの背景を取り入れながら、ティーンエイジャーに向けた複雑な感情や恋愛、また女性のエンパワーメントや人種問題などを題材にした楽曲が多く、そしてそのストーリーテリング能力が高く評価されており、一方「BET Hip Hop Awards 2022」にて「Producer of the Year」を受賞したHitmakaも、「KOLOR MAGAZINE」のインタビューにて「考えてみれば、これまでのキャリアでグラミー賞に9回ノミネートされたけど、一度も受賞したことがないんだ。人々はグラミー賞を非常に重視しているけど、BETのスタッフに認められたことは俺にとって特別なことさ。グラミー賞は政治的なものだからね」とコメント。
Tinkは何より地元シカゴを愛し、そしてHitmakaも世界最高峰の音楽アワードよりも、ブラック・カルチャーの発展に貢献した「BET」の存在を尊重している辺り、「遠くの大観衆へのアピール」よりも、まずは「地元、そして黒人コミュニティへの貢献」に重きを置いた共通意識が、恐らく2人の距離を縮めた理由の1つ。
事実、Tinkは「シカゴにいると最強のコンセプトが見つかる」と豪語するほど、地元から得た構想で自己向上を繰り返し、そんな彼女の魅力を最大限に引き出した人物こそ、同郷出身のHitmakaであることは紛れも無い事実で、彼とタッグを組んで持ち前の才能が本格的に開花することに。
メジャーでの環境に違和感を覚えてTimbalandの元を離れ、そして新たなパートナーHitmakaに出会ってその才能を覚醒させたTinkが歌う、最高級のメロウR&Bを厳選し、その一部をここで紹介いたします。
Insane
Tink
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2012年に発表したミックステープ・シリーズ『Winter's Diary』の第5作目『Winter's Diary 5』に収録。
Hitmakaがプロデュースを、そしてNormaniらの楽曲を手がけるAriel Imaniがソングライトを担当したスロウ・ジャム。
Have You Ever
Tink
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2021年リリースのセカンド・アルバム『Heat of the Moment』に収録。
Hitmakaが手がけたメロウR&B。
Part Time Lover
Tink
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Tinkがラップを披露する"Part Time Lovers"は、Xscapeがカバーしたことで知られるThe Jones Girls"Who Can I Run To"をサンプリング。
全米アルバム・チャート最高147位を記録したEP『Pain & Pleasure』に収録。
Dangerous
Tink
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Tyreseの名曲"How You Gonna Act Like That"をサンプリング。
Hitmakaがエグゼクティブ・プロデューサーを務めた『Heat of the Moment』に収録。
Cater
Tink, 2 Chainz
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ラッパー2 Chainzを迎え、Destiny's Childの名曲"Cater 2 U"をサンプリング。
Hitmaka, Bizness Boi, そして'90年代から活躍するベテランTroy Taylorらがプロデュースを担当。
Mine
Tink, Muni Long
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"Hrs and Hrs"、"Made For Me"のヒットでお馴染みのMuni Longとのデュエット・ソング。
Brandy & Monica"The Boy Is Mine"をサンプリング。
プレイリスト公開中
Tinkの楽曲をまとめたプレイリストを、Spotifyに公開しています。
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