Teddy Rileyが、Guyを脱退した理由を語る。「New Editionのやつに3、4発撃たれたんだ」
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- 1 日前
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「俺の友人が、New Editionのやつに撃たれたんだ」
Teddy Rileyが「TV One」の番組「Uncensored」のエピソードで語った内容によると、彼がR&BグループGuyを脱退したのは、「ある銃撃事件」がきっかけだったという。
'80年代後半、ニュー・ジャック・スウィングの大ブームを巻き起こしたGuyは、「Groove Me」「Teddy's Jam」「I Like」といったヒット曲でR&Bチャートを席巻。
Guy - Guy
そして同じ時期に「Can You Stand the Rain」「If It Isn’t Love」などの楽曲で大成功を収めていたのが、Johnny Gill、Ralph Tresvantらが所属していたオールスター・ユニットのNew Edition。
New Edition - Heart Break
両グループは'89年に合同ツアーを行っており、そのツアー中のある公演で、New Editionは遅れて会場に到着したため、その日はGuyが先にステージに上がることに。
しかしGuyは、予定されていた持ち時間を超えてパフォーマンスを続行してしまい、それに不満を感じたNew Editionのクルーが、Guyの演奏中にステージ上に機材を搬入。
そしてNew Editionのメンバーがステージに上がろうとした際、Guyのメンバーの1人が彼らの機材を蹴ったとされ、両グループの関係に亀裂が入ることに。
Teddyは、Guyが「Piece Of My Love」を演奏している最中に、New Editionがステージに上がってきて、殴り合いに発展したと証言。
Guy - Piece Of My Love
この出来事をきっかけに、それぞれの関係者(スタッフ、セキュリティ、マネージャーなど)の関係も悪化。
その緊張が頂点に達したのが、'89年7月9日に米ペンシルバニア州ピッツバーグのハイアット・ホテル前での出来事。
事件の発端となったのは、Guyの関係者によるNew Editionのクルーへの襲撃。
この事件を担当した刑事は、後に次のように証言。
「男たちの集団が、別の集団をバットで殴り倒していた。容疑者は、殴られていた集団の1人だった」
そしてこの事件の容疑者となってしまったのが、Guyのクルーによる奇襲に対して逆上してしまったNew Editionのプロダクション・マネージャーRonald Byrd。
彼は、Guyのセキュリティ責任者であるAnthony Beeを射殺。
目撃者の証言によると、Ronaldは事件当日の午後4時半頃、コンサート会場のシビック・アリーナからホテルまでAnthonyを追いかけ、ホテルで発砲。
この事件が起きた翌年の'90年、Ronaldは過失致死罪で有罪判決を受け、複数年の懲役刑を言い渡されることになり、そしてGuyの関係者4人も、暴行容疑で逮捕されることに。
この一件を時系列でたどると、次のような流れ。
1. New Editionが遅れて会場に到着
2. Guyが先にステージに立ち、しかし予定時間をオーバー
3. Guyの演奏中にNew Editionが乱入
4. GuyのクルーがNew Editionのクルーを襲撃
5. New Editionのプロダクション・マネージャーRonald Byrdが、Guyのセキュリティ責任者Anthony Beeを射殺
その日の夜に予定されていたコンサートは中止。
そしてTeddyは、この事件について次のようにコメント。
「俺の友人Anthony Beeが、New Editionのやつに3、4発撃たれたんだ。彼のことはもう許してるよ。あいつは自分の身を守ろうとしただけだった。でも撃たれたのは俺の仲間だった。俺が脱退した理由は、親友を失って、その重圧に耐えられなかったからだ。本当はグループを辞めたくなかった。あいつらは俺の兄弟みたいなもんだからね。でも、あの事件が起きた後は、休まなきゃいけないって思ったんだ」

そしてTeddyは、このツアーの最終日に、ステージ上でGuyを脱退することを発表。
一方、当時Guyはセカンド・アルバム『The Future』の制作を進めており、アルバムは'90年11月にリリース。
その後、TeddyはGuyを離れ、ソロでのプロデュース活動を経て、新たなグループBlackstreetを結成することに。
Guy - The Future
ちなみに、Teddyは「Songwriter Universe」のインタビューで次のようにも発言。
「もし音楽業界ってのがこんな感じなんだったら、俺は関わりたくない。スタジオにこもって『科学者』みたいにプロデュースしてる方がずっといい。それで実際にそうしたんだ。Michaelのもとで、1年半働いたよ」
この発言だけを切り取って考えると、もしNew Editionとの間にトラブルが起きず、当時Guyが解散していなかったら、TeddyがMichael Jacksonの『Dangerous』に関わる未来は生まれなかった可能性も。




































