知ると面白い洋楽R&B雑学
洋楽アーティストに関するトリビア。
知ると面白い、ちょっとディープな雑学を紹介します。
Kanye Westのアルバム名と同じで急遽変更
Chris Brown
2007年11月リリースのChris Brownのセカンド・アルバム『Exclusive』は、元々「卒業」を意味する『Graduation』にする予定だったとのこと。
しかし、この時Kanye Westが同じ名前でアルバムの発表を計画していることを知り、Kanye Westの意向を尊重し、アルバム名を『Exclusive』変更することに。
この時の様子を、「MTV News」のインタビューでChris Brownは次のようにコメント。
「当時俺は18歳で、このアルバムが俺の音楽的なまとめのような作品にするつもりだったから、『Graduation』というタイトルにしようと思ったんだけど、Kanye Westが同じタイトルでアルバムをリリースすると聞いた。Kanye Westは、同じアルバム名でも気にしなかったようだけど、俺は彼の意向を尊重してアルバムの名前を変える事にした。『Graduation』にこだわる必要はなかったし、『俺のファンだけの為に作る独占的なアルバム』という意味を込めて、『Exclusive』にしようと決めた」
Chris Brown
Graffiti
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Teddy Rileyと同じ誕生日
Bruno Mars
2016年のアルバム『24K Magic』で、Teddy Riley, Jam & Lewis, Babyface, Bobby Brown, Boyz Ⅱ Menといった、「子供の頃に夢中になったR&B」を再現したBruno Mars。
そんなBruno Marsは、New Jack Swingを生み出した音楽プロデューサーのTeddy Rileyと、同じ誕生日。
しかも、2人の歳の差は18歳で、誕生日の「10月」と「8日」を足すと、歳の差と同じ「18」
Teddy Riley
1967年10月8日生まれ
Bruno Mars
1985年10月8日生まれ
Bruno Mars
24K Magic
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実はカバーだった"Wannagirl"
Jeremy Jordan
孤児院で育ち、その後ホームレスも経験するなど、壮絶な子供時代を過ごした'90年代を代表するイケメン・アーティストJeremy Jordan。
そんな彼の代表曲の1つが、全米シングル・チャート最高28位を記録した'93年リリースの"Wannagirl"。
Jeremy Jordan
Wanna Girl
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実はこの曲、Jeremy Jordanが歌うオリジナル曲ではなく、Mariah Careyとのデュエットで知られるTrey Lorenzが歌っていた楽曲で、'92年にTrey Lorenzがリリースしたシングル"Someone To Hold"の3曲目に収録([Epic Records]からリリースされたデビュー・アルバムには未収録)。
Trey Lorenz
Wanna Girl
彼女の夫は誰?
Mya
"It's All About Me feat. Sisqo"、"Case of the Ex"などのヒットで知られるMyaは、40歳を過ぎても衰えない美貌の持ち主。
そんなMyaは、2020年のバレンタイン・デーに自身のInstagramにウェディング・ドレス姿の写真を投稿し、既に結婚していたことが判明。
しかし、彼女はプライベートに関して多くを語らないことで知られており、Myaの夫が誰なのかは不明のまま。
ちなみに、Myaは米ラジオ局「HOT 97」の「Ebro In The Morning」に出演した際、次のようにコメント。
「業界には2人のボーイフレンドがいるわ。でも、私は自分の関係と私たちが経験したことを尊重したいから、名前を言うことはないわ」
Myaは、「地球上最後の楽園」と呼ばれるセーシェルで結婚式を挙げ、この時の様子が"The Truth"のMVで公開されています。
Mya
The Truth
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FENDIのサングラスはネットで買える?
Mary J. Blige
これまでに行ってきたライブ、また音楽アワードの授賞式といった大きなイベントで、高級ブランド「FENDI」のアイテムを度々身につけてきたMary J. Blige。
時には、コーディネイト全てをFENDI一色にしてしまうほど、大のFENDI好きとして知られるMary J. Bligeですが、そんな彼女のFENDI愛が顕著に見られたのが、サード・アルバム『Share My World』のアートワーク。
アーティスト・ロゴ、アルバム名、そして「FENDI」のロゴが目に飛び込んでしまうほど、かなりインパクトのあるサングラスを着用しているMary J. Bligeですが、このサングラスはネットで購入することは可能なのか?
色々と探してみたところ、ネット上でMary J. Blige着用モデルにかなり近いデザインのサングラスを発見。
色が白で、かつテンプルが太いFENDIのサングラス自体は多く見かけるも、「FENDI」と刻印されたデザインは中々見つからず、テンプルの中央部分辺りから斜めにカットされている形が特徴的ですね。
残念ながら型番まで把握することはできず、またネット上で見かけたこのデザインのサングラスがMary J. Blige着用モデルと完全に一致するかは不明ですが、恐らく現在は製造中止となっていると思われるモデルだけに、中古で出回っているビンテージ物を根気強く探し続けるしか入手する方法は無さそうで、Mary J. Bligeのファンの中には、『Share My World』と同じFENDIのサングラスを何年も探し続けている熱狂的なファンも少なくないとのこと。
ちなみに、Mary J. Bligeと同じモデルと思われるFENDIのサングラスを、モデル/女優のKyle Jennerが以前着用して話題に。
元々はCarpentersに歌わせようとした"Rock With You"
Michael Jackson
Michael Jacksonが残した楽曲の中で、最もポップでキャッチーな楽曲といえば、'79年に発表された"Rock With You"。
実はこの曲、当初Carpentersの女性ボーカルKaren Carpenterに歌わせようと考えていたものの、彼女がこのオファーを断ったため、結果的にMichael Jacksonが歌うことに。
Michael Jackson
Rock With You
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若手アーティスト達にキレる
T-Pain
T-Painが、自身のポッドキャスト「Nappy Boy Radio」にて、若手アーティスト達に次のように苦言。
「他とは違うことをやれよ。音楽の為に何か違うことをやれよ。お前らがやっていることは、他の誰かがもやっているんだよ。Lil Uzi Vertがもうやってるし、他にもLil Baby, DaBabyらがもうやってるじゃねえか。周りと同じことをやるなよ、それが俺達の望みだ。ゴミみたいな曲を俺に送ってくるなよ、それで俺が気に入らないからってキレてるんじゃねえ。以上」
以前、友人のUsherに「お前が音楽をダメにした」と言われ、一時はうつ病を患うほど精神的にどん底まで落ちていたT-Pain。
Usherの主張は、それまで表に出すことがタブーとされていた音声を矯正するソフト「オートチューン」をT-Painが全面的に使用したことに対するバッシングで、しかしT-Painはあくまで個性を表現する為の手段としてオートチューンを活用したまで。
音楽シーンで生き残る為、そして音楽シーンを進化させる為に、オートチューンというパンドラの箱を開けてしまい、栄光と挫折の両方を経験することになったT-Painだったものの、そんな彼の主張に賛同したのがDr. Dreで、自身のインスタグラムに次のようにコメント。
「T-Painにエールを送るよ。爆笑したけど、彼の意見は正しい」
同性愛者だったと告白
Monifah
Mary J. Bligeのフォロワーとして、'90年代中期にデビューした女性シンガーMonifah。
ラッパー/プロデューサーのHeavy Dのサポートを受け、'96年にMary J. Bligeを思わせるヒップホップ・ソウル"I Miss You (Come Back Home)"でデビューし、同曲は全米シングル・チャート最高56位を記録。
'90年代のR&Bシーンを代表する女性シンガーの1人として大活躍した彼女、実は同性愛者だったことを公の場で激白。
Monifahは、2012年に放送されたリアリティ番組「R&B Divas: Atlanta」に、Faith Evans, Syleena Johnson, Keke Wyatt, Nicci Gilbert(Brownstone)らと共に出演。
この番組は、それぞれがかつてはメジャー・レーベルに在籍して華々しく活躍するも、その後プライベートで結婚や離婚など、紆余曲折な人生経験を包み隠さずに語り合うという内容で、この番組内でMonifahは自身が同性愛者であったこと、そして薬物中毒であったことを赤裸々に告白。
そんなMonifahは、2014年に長年交際していたTerez Thorpeとめでたく同性結婚。
Monifah
I Miss You (Come Back Home)
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インディーズ・グループKwiet Stormのメンバーとして活動
Willie Taylor
Sean "Diddy" Combsが主催した「MTV」のオーディション番組「Making the Band 4」をきっかけに結成され、2008年に[Bad Boy Records]からデビューした5人組R&BグループDay26。
このグループのメンバーとして活動していたのが、ソロ・シンガーとしてもデビューしているWillie Taylorで、彼はDay26のメンバーに加わる前、インディーズのR&BグループKwiet Stormのメンバーとして活動。
Jagged Edgeタイプの重厚なスタイルを得意としたこのグループは、2004年にアルバム『In The Midst Of The Storm』を発表し、メジャーの楽曲に負けず劣らないスロウ"Lights Out, Candle Lit"が彼らの代表曲。
ちなみに、Willie TaylorとJeremihは従兄弟の関係。
Kwiet Storm
Lights Out, Candles Lit
あの有名バーガー・チェーンの駐車場でオーディション
Amerie
2002年リリースのデビュー・アルバム『All I Have』でいきなり全米アルバム・チャート最高9位を記録し、この大ヒット・アルバムの全面プロデュースを担当したのが、当時まだ駆け出しだったプロデューサーのRich Harrison。
Amerieのデビューを成功させた後に、Beyonce"Crazy in Love feat. Jay-Z"を筆頭に、R&B史に残る名曲を次々と手掛け、2000年代のR&Bシーンを大いに盛り上げたトップ・プロデューサーの1人として大成するRich Harrisonですが、まだAmerieがデビューする前、彼女とのデモCDのやり取りはマクドナルドの駐車場で行なっていたとのこと。
また、Amerieをスタウトするきっかけとなった場所もマクドナルドの駐車場だったそうで、Rich Harrisonは駐車場の車内でAmerieをオーディションして、最終的に両者はタッグを組むことになったとのこと。
自宅前のビーチは「あることで有名」
Alicia Keys
Alicia Keysが、夫であるラッパー/プロデューサーのSwizz Beatzと、約22億円という桁違いの金額で建てたとされる大豪邸。
個人邸の域を遥かに凌駕した、セレブAlicia Keysならではの非現実的すぎる大豪邸として大きな話題となりましたが、彼女の豪邸が建つのは、米カリフォルニア州サンディエゴ北部に位置するラホヤという地区。
人口約4万人ほどの小さな町ながら、有名人や資産家が多く住む地区として知られ、美しいビーチが広がっていることから、マリンスポーツの名所としても有名とのこと。
ラホヤの海を独占できる断崖絶壁の上にAlicia Keysらの豪邸は建てられたようで、彼女の自宅下にもビーチがあり、しかし断崖絶壁と海に挟まれている為に車で行くことが出来ず、このビーチには徒歩で向かうしかないようですが、ここが知る人ぞ知るヌーディスト・ビーチのようです。
ちなみにこのビーチは、世界で最も売れている旅行ガイド「Lonely Planet」のカリフォルニア版にて、「Black's Beach」として紹介されているとのこと。
モールに買い物に行きたくて一発OK
Whitney Houston
ニュー・ジャック・スウィングの要素を取り入れた"I'm Your Baby Tonight"は、全米シングル・チャート1位を達成し、また第33回グラミー賞「Best Pop Vocal Performance, Female」のノミネートされた、Whitney Houstonの代表曲の1つ。
この曲をプロデュースしたのが、当時最も勢いがあったBabyfaceとL.A. Reidのタッグで、この曲で初めてWhitney Houstonの楽曲を手がけた彼らは、ポップ・スターWhitney Houstonの歌声に挑戦すべく、節回しやテンポなどを困難にし、意図的に難しい曲に仕上げることに。
しかし、この曲をレコーディングした日、Whitney Houstonは閉店前にどうしてもショッピング・モールに買い物に行きたかったらしく、なんとファースト・テイクでレコーディングを完璧にこなし、1時間もせずに全行程を終えてショッピングに出掛けてしまったとのこと。
Whitney Houston
I'm Your Baby Tonight
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あの有名バーガー・チェーンで結成
Silk
Keith Sweatのサポートを受け、'93年リリースのシングル"Freak Me"で全米シングル・チャート1位を達成し男性R&BグループSilk。
彼らが結成した場所は、あの有名ハンバーガー・チェーンだったと、メンバーのJohn Johnが「YouKnowIGotSoul.com」のインタビューでコメント。
「グループはマクドナルドで結成されたんだ、これは本当の話だよ。Delvis Grahamという人物がいて、彼はもうSilkのメンバーではないけど、グループのメンバーの従兄弟なんだ。彼はアトランタのダウンタウンにあるマクドナルドのマネージャーを務めていて、俺は当時15歳か16歳で、仕事を探しにマクドナルドに行ったんだ。そこで店を閉める仕事を任されて、毎晩掃除をしながら歌っていた。グループ結成当初のマネージャーが俺の歌を聴いて『グループで歌いたいって考えたことはあるか?』と聞いていたんだけど、そんなことを考えたことはなく、でもやってみたいと思った。それでDelvis Grahamが、彼の従兄弟であるJimmy Gatesを紹介してくれて、彼は今でもSilkのメンバーさ」
結成当初は3人組で、この時はまだ「Silk」というグループ名ではなく、「Three to Go」か「Three the Hard Way」というグループ名にしようと考えていたとのこと。
しかし、ある男性から「ハーモニーがスムースで非常に良い、シルクはスムースだから、何で『Silk』にしないんだ?」と言われ、この言葉が決め手となりSilkというグループ名ににしたそうで、彼らを成功に導いたのが、当時既にトップR&Bシンガーの1人になっていたKeith Sweat。
SilkのメンバーとKeith Sweatとの出会いは、SilkのメンバーTim "Timzo" Cameronの兄弟が家具会社で働いており、彼がKeith Sweatのマネージャーの家に家具を配達していたことから、この時マネージャーにSilkを売り込んだことがきっかけ。
マネージャーからは、「Keithがバーベキューをする日に彼らを連れてきて、そこでKeithが彼らを気に入れば何か一緒に出来るかもしれない」と言われ、Silkのメンバーはスーツを着てKeith Sweatのバーベキューに行くことに。
しかし、Keith Sweatはあまりにも人気があったことからSilkのメンバーは怖気付き、Keith Sweatの前ではなく地下室で歌ってみたところ、Silkの歌声を上で聴いていたKeith Sweatが地下室へ降りてきて、Silkの歌唱力を絶賛。
そんなKeith SweatがSilkのデビューを全面的にサポートし、彼らが'92年に発表したデビュー・アルバム『Lose Control』はこれまでに200万枚以上を売り上げ、全米アルバム・チャートも最高7位を記録した大ヒット・アルバムとなりました。
Silk
Freak Me
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VIP席でMJの伝説のライブを観戦
Amber Mark
ドイツ人の母を持つAmber Markは、幼少期の頃に世界各地を転々としていた生活を送っており、17歳の時に現在拠点である米ニューヨークに移住するまで、以下の都市で生活したとのこと。
・ベルリン (ドイツ)
・ミュンヘン (ドイツ)
・デリー (インド)
・ネパール
そんな彼女の母はMichael Jacksonの大ファンだったことから、Amber Markがまだ3歳だった時の'97年に、Michael Jacksonがドイツのミュンヘンで行なった、あのDVD化もされた伝説のライブ「Michael Jackson History World Tour Live in Munich 1997」を観に行っており、しかもこのライブをなんとVIP席で見ていたとのことで、当時の様子を「Passion of the Weiss」の記事で次のようにコメント。
「どういうわけかVIPに入って、Boris Becker(テニス選手)の隣でライブを見たわ。とても感動的で、子供の頃はMichael Jacksonに夢中だった」
大のレトロ・ゲーム好き
Jacquees
メジャー・デビュー・アルバム『4275』に収録された"B.E.D."が、キャリアで初めて全米シングル・チャートTOP100入りを果たし、この曲がきっかけでR&Bスターの仲間入りを果たしたJacquees。
Jacquees
B.E.D.
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そんな彼のプライベートの姿を、Netflixのドキュメンタリー・シリーズ「ゴージャス・ショッピング: ロサンゼルス」のカメラが追っており、この番組内でJacqueesは大好きだというビデオ・ゲームを扱うショップへ向かうことに。
「ゴージャス・ショッピング: ロサンゼルス」とは、その名の通りアーティストやスポーツ選手達が、米ロサンゼルスで豪快にショッピングをする模様を追ったドキュメンタリー・シリーズ。
Jacqueesは映像が美しい最新のオンライン・ゲームではなく、SEGAの「ジェネシス」や任天堂の初期のゲーム機といった、'80年代〜'90年代のレトロ・ゲームが好みのようで、特に'84年に任天堂がファミリー・コンピューター用に発売したガン・シューティング・ゲーム「ダックハント」がお気に入りの様子。
過去の名曲を度々サンプリングし、レトロな曲へのリスペクトを持ち続けるJacqueesのインスピレーション源は、愛するレトロ・ゲームなのかもしれないですね。
「ブラックストリート大通り」が誕生
Blackstreet
Teddy RileyとChauncey Hannibalを中心に結成され、'90年代に活躍したR&BグループBlackstreet。
彼らの功績を称え、2023年7月に彼らの出身地である米ニュージャージー州パターソンにある、プレジデンシャル大通りの一区画が、「ブラックストリート大通り(Blackstreet Boulevard)」に改名。
この歴史的出来事に対し、BlackstreetのメンバーはSNSで次のようにコメント。
「この瞬間の喜びは言葉では言い表せない。俺達が育った街に、俺達に功績を称えた通りが作られるなんて、子供の頃には想像もできなかったことだ」
"Miyazaki"に込めた意味とは?
Gallant
UsherやMaxwellに例えられる美しいファルセット・ボイスを持つR&BシンガーGallantが、2016年に発表したデビュー・アルバム『Ology』に収録された"Miyazaki"。
Gallant
Miyazaki
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Gallantらしい静寂な世界観が心地良いアンビエントR&Bで、この曲は'90年代に活躍したR&BデュオGroove Theoryの名曲"Tell Me"をサンプリングしたことでも注目を集めた1曲。
Groove Theory
Tell Me
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しかし、何より気になるのがこの"Miyazaki"という曲名。
日本の「宮崎」をそのままローマ字表記したもので、この曲名はスタジオジブリの宮崎駿にインスパイアされてつけられたとのこと。
Gallantは大の宮崎駿ファンで、Gallantが定期的に主催するパーティーでは宮崎作品を必ず1本観ることが習慣化されているようで、特にお気に入りの作品は「千と千尋の神隠し」だそうです。
宮崎駿以外にも様々な日本文化に影響を受けているというGallantは、2021年のアルバム『Neptune』に収録された"Julie."で、竹内まりや"Plastic Love"のイントロ部分をサンプリング。
Gallant
Julie.
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当初のアーティスト名はGoGo
Ne-Yo
高校時代、Envyというグループに所属していたNe-Yoは、当時「GoGo」というアーティスト名で活動。
Envyはトップ・アーティストへの登竜門として知られるアポロ・シアターの「アマチュア・ナイト」に出場。
ちなみにNe-Yoの本名はShaffer Chimere Smithで、Ne-Yoというアーティスト名は、映画「Matrix」の登場人物Neoが由来で、「Neo(ネオ)がマトリックスの世界を見ているような感覚で音楽をやっているんだな」と、友人から言われたことが直接のキッカケ。
権利上のこともあり、「Neo」ではなく表記を「Ne-Yo」と変更したとのこと。
LL Cool Jと同じリリース日
Shades
'90年代に[Motown Records]からデビューした女性R&BグループShades。
彼女達の代表曲として知られるのが、Bernard Wright"Who Do You Love"をサンプリングした"Tell Me (I'll Be Around)"。
Shades
Tell Me (I'll Be Around)
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そしてBernard Wright"Who Do You Loveをサンプリングした楽曲で、最も有名な楽曲がLL Cool Jのシングル"Loungin (Who Do Ya Luv) (Remix)"。
Shadesのメンバーが振り返った内容によると、この元ネタが同じ2曲は、偶然にも同じ'96年6月25日にリリースされたとのこと。
LL Cool J
Loungin (Who Do Ya Luv) (Remix)
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幼少期に貫き通した「ある1つのこと」
Mary J. Blige
幼少期の頃に両親が離婚し、この出来事がきっかけで母と姉妹と共に米ニューヨーク市の北部に位置するヨンカーズに移住したMary J. Blige。
今でこそ富裕層や日本人移住者からも人気が高い地区になったヨンカーズ。
しかし、Mary J. Bligeが育った'70年代は「刑務所の中で暮らしているようなもの」というほど治安が悪く、この地で夢や希望を持つことは許されなかったというほど。
当時のMary J. Bligeは、歌が上手かったという母親の影響で、歌うこと自体は好きだったものの、TVに出演する歌手を見てただ一方的に憧れるだけの子供時代を過ごし、周囲に「歌手になりたい」と言ったことは一度もなかったとのこと。
多感な時期の少女が過ごすには酷な環境で幼少期を過ごしたMary J. Bligeは、この場所で生き抜くために絶対に貫き通していたことがあったと、Amazon Prime Videoのドキュメンタリー「Mary J. Blige's My Life」で語っており、それが「人前で絶対に笑わない」こと。
当時のヨンカーズでは、幸せそうにしているだけで妬みの対象になったことから、Mary J. Bligeは「10代の頃は人前で一度も笑ったことがなかった」と、当時を回想。
住民達がお互いを傷付け合い、日常的に男性が女性を乱暴に扱い、Mary J. Bligeの母もこの環境で被害を受けていた女性の1人だったことから、周囲の女性達の痛みを背負ってしまったというMary J. Blige。
しかし、皮肉なことにこの地で背負ってしまった「痛み」を感じさせる彼女の歌声が、後に契約することになる[Uptown Records]の創始者Andre Harrellと、当時同レーベルのインターンだったSean Combsに「ストリートの苦しみから生まれた、これまでに聴いたことの無い歌声」と絶賛されることに。
Mary J. Bligeにとっては思い出すことも耐え難いほどに辛い過去であることは間違いないものの、過酷な環境で育ったからこそ得られた「生き様」と「唯一無二の歌声」が、結果的に多くの黒人女性達の共感を集めた背景を見ても、「幼少期を厳しい環境で過ごす」という生き方を強いられたのは、Mary J. Bligeが大成功を掴むためには避けて通れない試練の1つだったのかもしれないですね。
Mary J. Blige
You Remind Me feat. Greg Nice
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ゲイであることを告白
Tevin Campbell
Quincy Jonesの秘蔵っ子としてデビューし、Babyfaceプロデュースの"Can We Talk"などのヒットで知られるTevin Campbellが、「PEOPLE」のポッドキャスト「Every Day」のインタビューにて、自身がゲイであることを告白。
「自分について隠すことは何もなく、特定の振る舞いをしようとしたこともなかった。ただ、当時はゲイであることが許されなかったんだ」
Tevin Campbellは、2005年にブロードウェイ・ミュージカルの『Hairspray』に出演し、その際に本当の自分を見つけることが出来たと回想。
「自分と同じような人達、つまりLGBTQ+(ゲイやレずビアンなどの性的マイノリティ全般を指す言葉)でありながら生活を送り、パートナーと共に過ごしている人たちと一緒にいることで、自分を発見することができた。そんな光景をそれまで見たことがなかったから、あれは僕の人生にとって素晴らしい時間だった」
Tevin Campbell
Can We Talk
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