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CRAIG DAVID|マイケル・ジャクソンの手にも渡った傑作『Born To Do It』の成功秘話。「レーベルが関わる前に、基本的な作業は全て終えていたんだ」

  • 執筆者の写真: R&B SOURCE
    R&B SOURCE
  • 6 日前
  • 読了時間: 8分

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Michael Jacksonの手にも渡った「史上最高のアルバムの1つ」


2000年8月、当時若干19歳という若さだったCraig Davidが発表したデビュー・アルバム『Born To Do It』は、彼の地元である英国だけで200万枚近くを売り上げ、全世界で累計800万枚という驚異的なセールスを記録し、このアルバムが残した功績は次の通り。


全英アルバム・チャート

1位


全英R&Bアルバム・チャート

1位


全米アルバム・チャート

最高11位


アルバムのリリース後、Craig Davidは米国各地に点在する名門ライブ・ハウス「House of Blues」でライブを行い、この時Missy Elliott, Jennifer Lopez, Beyonceと言ったトップ・アーティストたちも会場に駆けつけ、そしてその中にはレジェンドStevie Wonderもいたとのこと。


当時の様子を、Craig Davidは「The FADER」のインタビューにて次のように回想。

「俺は「House of Blues」で公演する為にロサンゼルスに行ったんだけど、初日はMissy ElliottとJennifer Lopezがいて、次の日はBeyonceがいた。彼女たちがはっきりと見えたから、俺は考えたよ。『これは本当に現実なのだろうか?』ってね。そして3日目、俺は観客を見つめながら"Walking Away"を歌っていて、その時一瞬だけライトが点灯したんだ。そしたら、観客の中にはStevie Wonderがいて、俺の曲にあわせて歌っている姿が見えた。もう何も言えなくなったよ。ライブの後にStevieと会った時、彼は『君をQuincy Jonesに紹介したいと思う』って言ってくれた。Quincy Jonesは俺のアルバムを10枚買って、友人に配っていたらしいんだけど、俺は彼に確認しなくちゃいけないと思った。『友人の1人に…?』と聞いたら、彼は俺の言葉を遮ってこう言ったんだ。『そうだよ、Michael Jacksonは君のアルバムを持っているよ』」

Criag David|Walking Away



レジェンドたちが一様に認め、そして「MTV」も「史上最高のアルバムの1つ」と絶賛した怪物アルバム『Born To Do It』は、どのようにして生まれたのか。


そのプロセスを、『Born To Do It』のプロデューサーMark Hillが「Soul Culture」のインタビューにて次のようにコメント。

「私たちには時間がたっぷりとあったから、創造的な自由が与えられ、プレッシャーも無かった」

Craig David|Born To Do It




「レーベルが関わる前に、基本的な作業は全て終えていたんだ」


Mark Hillは、Craig Davidに初めて会った時の様子を次のように回想。

「私は、地元のバンドやミュージシャンたちの活動をサポートする為に、サウサンプトンで小さなレコーディング・スタジオを経営していたんだ。私の友人が、あるプロジェクトのメンバー2人をスタジオに連れてきて、そのプロジェクトのリード・シンガーがAaron Soulというシンガーで、もう1人がCraigだった。当時、彼らは2人とも15歳で、この時に初めてCraigと出会ったんだ」
Mark Hill
Mark Hill

この時点では、Craig DavidとMark Hillはまだコラボレーションせず、その後Craig DavidはR&BグループDamageが'97年に発表した"I'm Ready"のソングライティングを担当し、この時Craig Davidはまだ16歳。


Damage|I'm Ready



そして、Craig DavidとMark Hillは数年ぶりにクラブで偶然再会し、この日をきっかけに2人の運命が大きく変わることに。

Craigと初めて会った時から数年が経ち、私とPete(Mark Hillと共にArtful Dodgerのメンバーとして活動していた人物)は地元のDJたちがプレイしていた楽曲のリミックスなどを作り、そして何かオリジナルの楽曲を作りたいという段階に達していた。ある夜、私達がクラブでDJをしていると、同じクラブでマイクを持ちながらDJをしているCraigを見かけ、彼のことを覚えていたので声をかけたんだ。
Mark HillとPete DevereuxによるユニットArtful Dodger
Mark HillとPete DevereuxによるユニットArtful Dodger

この時の様子を、Craig Davidは「The FADER」のインタビューで次のように回想。

「Markは俺に『曲は持っているのかい?』と聞いてきて、俺はこう言った。『メロディと歌詞のアイデアは持っているけど、曲は持っていない』ってね。そしたら彼はこう言ってきた。『私たちは沢山の曲を持っているけど、トップライン・ライターがいないんだ。是非スタジオに来て欲しい』」

その後Craig Davidは、いくつかの楽曲でボーカルを担当したものの、当時のMark Hillらは金銭的に余裕が無かったことから、Craig Davidにボーカルの報酬を支払うことが出来ず、その代わりとして自身のスタジオをCraig Davidへ貸し出すことを提案し、この条件を受け入れたCraig Davidは、与えられた時間でスタジオを利用して、名盤『Born To Do It』を生み出すことに。


アルバムに収録されたほぼ全ての楽曲は、Mark HillとCraig Davidの2人によって作り上げられ、サウンドのプロデュースをMark Hillが担当し、Craig Davidは歌詞やメロディを担当。


この時、Craig Davidはどこかのレーベルと契約する予定なども全くないフリーの状態で、この環境こそ『Born To Do It』が成功した秘訣だと、Mark Hilは次のように回想。

「『Born To Do It』を書き始めた時、レーベルやマネージャーも何も関与していなかった。私たちはレーベルと契約する前、誰もいないたった2人だけの状態で制作に取り組み、そしてアルバムの大部分を書き終えていたので、それは非常に有機的なプロセスだった。後にレコード会社にデモを持ち込んで契約を獲得しようとした時、既に"7 Days"、"Walking Away"、"Time To Party"などは完成しており、この時の音源が最終的なバージョンとしてアルバムに収録されたんだ。
そしてレコード契約を得て、アルバムは当然の結果となった。なぜなら、必要な素材は既に揃っていたからね。レーベルが関わる前に、基本的な作業はすべて終えていたんだ。正直、このやり方が成功の秘訣だと感じているよ。私たちには時間がたっぷりとあったから、創造的な自由が与えられ、プレッシャーも無かった。もちろん、レコード契約が結ばれると状況は変わってしまうけどね」

Criag David|Time to Party




Rodney Jerkinsも影響を受けた2ステップ


『Born To Do It』は、[Atlantic Records]配給の[Wildstar Records]からリリースされ、同レーベルのオーナーであるColin LesterがCraig Davidとの契約を決めた経緯は、「初めて聴いた"Walking Away"に感銘を受けたから」だと過去のインタビューで語ったおり、またCraig Davidの自宅で埋め尽くされていた「ある物」を見て、その才能が本物だと確信したとのこと。

「彼の自宅を訪れ、床から天井まで12インチのレコードで部屋が埋め尽くされている光景を見て、彼こそが本物であり、ただの子供ではないと納得した」

この時点ではまだレーベルでの育成契約に過ぎなかったものの、後に"7 Days"を聴いたColin Lesterは、この曲がNo.1ヒットになると確信。


そして、その日の内にアルバム契約を結び、その結果、実際に"7 Days"は全英シングル・チャート1位を達成。


Craig David|7 Days



プロデューサーのMark Hillは、このアルバムの成功要因は「制限の無い自由な環境下での制作」と振り返った一方で、当時の時流を的確に捉えたこともまた大きく、それが'90年代後半に英国で大流行していた、変則的なビートが特徴の「2ステップ」を取り入れた点。


『Born To Do It』は、Craig Davidが強く影響を受けたという米国R&Bの要素を感じさせながらも、主に2ステップにカテゴライズされることが多い。


その象徴とも言える1曲が、同アルバムからのファースト・シングルとなった"Fill Me In"で、この曲の制作時の様子を、Mark Hillは「Soul Culture」のインタビューで次のようにコメント。

「"Fill Me In"は、アルバムの初期版が仕上がった後に制作された唯一の曲だった。私は、Craigのプロジェクトと、Artful Dodgerの活動との間をつなぐような、ガラージの要素を取り入れた曲を作りたかったんだ。スタジオでのセッションには長い時間を費やし、その過程で彼のことを知るようにはなったけれど、彼の私生活について深く知っていたわけではない。彼が特定のテーマについて情熱的に歌い、詞を書くことを楽しんでいたのは明らかだったが、それが物語としてなのか、心からの想いなのかについては僕からは何とも言えない。僕はただ、メロディやその他の部分を手がけていただけだった。
CraigはアメリカのR&Bの大ファンで、大量のレコードを持っていたんだ。だからいつもスタジオにやって来ては、レコードで色々聴かせてくれたり、ミックステープをくれたりしていた。それらから要素を取り出して、イギリス的に仕上げようとしていたんだ。アメリカっぽいなまりは抑えるようにね。私が編集を担当して、できるだけアメリカっぽさを減らし、別の要素も盛り込んだ曲をやらせようとしていた。最初に一緒に作った2〜3曲は、とてもアメリカ的なサウンドだったよ」

Craig David|Fill Me In



2ステップを華麗に取り入れた結果、Craig Davidの名は「King of 2Step」という異名とともに世界中へと拡散されることになり、このサウンドに影響を受けた1人が、Brandy & Monicaの大ヒット・シングル"The Boy Is Mine"などを手がけたRodney Jerkins。


Rodney Jerkins
Rodney Jerkins

彼は、Brandyのアルバム『Full Moon』に収録された"All in Me"で2ステップにトライしており、この曲を制作した時の様子を「MTV」のインタビューにてコメント。

「スタジオに入る度に、俺は色々なところを変えるんだ。トラックを作り、全てのボーカルを入れて、トラック全体を作り直す。"All in Me"はそのようにして生まれた。この曲には何か違った要素がある。なぜなら、バラードのような雰囲気を感じさせながら、同時にアップテンポにも感じさせる。曲の中間部分で、2ステップのグルーブに入る。俺はロンドンでこの2ステップを聴いた時、まだアメリカでは認知されていなかったけど『これはヤバイ』と思ったよ。その数ヶ月後にCraig Davidが出てきて、2ステップは大ヒットした。俺はこのサウンドを適度に取り入れたかったから、曲の中間部分に入れたんだ」

Brandy|All in Me




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