JodeciのMr. Dalvinが、Ginuwineの「Pony」について激白。「Staticは、あの曲をJodeciのために書いたんだ」


いきなりR&Bチャート1位を獲得したGinuwineのデビュー曲「Pony」
12歳頃から地元ワシントンD.C.出身で歌やダンスを始め、プロの世界に入ることを夢見ていたというGinuwine。
'90年、JodeciとMC Hammerが出演した公演の後、彼はDeVante Swingに自分の才能を売り込もうと、彼らの宿泊先だったホテルまで追いかけていったという。
ホテルでDeVanteを見つけたものの、なかなか自分から声をかけられずにいた時、DeVanteのほうから「歌えるのか?」と声をかけられ、Ginuwineはその場でJodeciの「Stay」を披露。
周囲の女性たちから歓声が起こり、この出来事がGinuwineのプロとしてのキャリアの出発点に。
DeVanteは当時、新たな音楽集団「Swing Mob」を立ち上げようとしており、Ginuwineはそこへ仲間入り。
その後、GinuwineはDeVanteとともにニューヨークへ移り、そこで「Pony」のプロデューサーであるTimbaland、そしてMissy Elliottらと出会うことに。

一方、別のルートからDeVanteと出会っていたもう1人の人物がおり、それが「Pony」のソングライティングを担当したStatic Major。
彼は、自身の出身地である米ケンタッキー州ルイビルにJodeciがツアーで訪れた際、Staticと彼のグループは、楽屋でDeVanteの前で歌を披露したという。
当時の状況を、DeVanteは「YouKnowIGotSoul.com」のインタビューで次のように回想。
「Jodeciがツアーに出ていたとき、Staticのグループがバックステージにやって来て、俺のために歌ってくれた。それ以来、彼らのことが気に入ったんだ。その後、俺はニュージャージーに戻ったんだけど、俺が最終的に彼らをニュージャージーへ呼ぶまで、毎日のように電話をかけてきた。そこにはMissyをはじめ、ほかのみんなもいた。彼らは電話越しでも俺のために歌ってくれたんだ。そしてStaticには、最初から独特のオーラがあった。誰かが何かを持っているときって、いつでも分かるものなんだよ。彼には、いわゆる「人を惹きつける特別な何か」があった」

その後、Staticも「Swing Mob」に参加することになり、こうしてDeVanteのもとに、Ginuwine、Timbaland、Missy、Staticといった、後に'90年代後半から2000年代のR&Bを大きく変える才能が集結。
そして彼らが共同生活を送りながら制作を重ねた環境が、後の「Pony」を生み出すことに。
「Pony」は、Ginuwineのデビュー曲として'96年にリリースされ、いきなり全米R&Bシングル・チャート1位を獲得。
この曲について、Ginuwineは「REVOLT」のインタビューで次のようにコメント。
「俺はずっと、'Pony'には何を乗せたってヒットしたんじゃないかと思ってた。DeVanteその曲を聴かせてくれて、彼は『これはボディガード用になるな』って言ったんだ。俺は彼を見ながら『頼むから、これを俺にくれよ』って思ったよ。みんなが聴いたのは'96年だけど、俺たちがレコーディングしたのは'93年だったんだ。この曲を書いたのはStaticで、俺もヴァースを書くのを手伝ったけど、曲を書いたのは彼。だから、そこについて俺が自分の手柄にするつもりはない。俺がそこに入った時には、フックはもう出来上がっていたんだ」
しかし一方で、こんな証言も存在。
JodeciのMr. Dalvinは、「YouKnowIGotSoul.com」のインタビューで「Pony」について次のように言及。
「Staticは、あの曲をもともとJodeciのための曲として書いたんだ。Jodeciが歌う予定だったんだけど、DeVanteが『これはGinuwineに合うんじゃないか』って言ったんだよ。というのも、俺たちの声はあの曲にはソウルフルすぎたからね。『Pony』は少しポップ寄りの曲だったからGinuwineに合っていた。でも、あの曲は長い間、世に出ないまま眠っていたんだ」



































