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India.Arieが「Video」で問いかけたこと。「自分の価値は、誰が決めているのか?」

執筆者の写真: R&B SOURCE
R&B SOURCE
13 時間前
読了時間: 3分
India.Arieのデビュー曲「Video」

India.Arieのデビュー曲「Video」に込められた「問い」


「ありのままの自分を愛そう」という自己肯定の歌に聴こえるIndia.Arieの「Video」


「私は、あなたがミュージック・ビデオの中で見慣れているような美女じゃない。


スーパーモデルみたいな体型でもない。


でも私は、自分自身を無条件に愛することを学んだの。


だって私はクイーンだから。


私の価値は、着ている服の値段で決まるものじゃないわ。


何を着ていたとしても、私はいつだって私(India.Arie)なの」


India.Arie - Video

しかし、この曲を聴いて浮かび上がってくるのは、「自分の価値は、誰が決めているのか?」という問い。


「Video」がリリースされた2001年は、TikTokやInstagramは存在しなかった時代。


それでも、テレビやミュージック・ビデオ、ファッション誌などには、「細い身体」「整った顔立ち」「高価な服」「洗練されたメイク」など、「美しい女性とはこういうもの」というイメージが溢れ、そうした理想像と自分を比べるうちに、「私には足りない」と感じるようになる。


けれど、その「足りない」という感覚は、本当に自分自身から生まれたものなのだろうか。


ここで重要なのは、彼女が「美しくなること」や「おしゃれをすること」そのものを否定しているわけではなく、「そうでなければ価値がない」という考え方に目を向けている点。


「もっときれいになりたい」

「好きな服を着たい」

「誰かに魅力的だと思われたい」


そう願うこと自体は、本来、自然な感覚。


しかし、それがいつの間にか、「きれいでなければ愛されない」「人から認められなければ価値がない」という条件に変わったとき、私たちは自分自身の価値を、他人の評価に委ねてしまう。


だから「Video」は、シンプルな自己肯定の歌ではなく、むしろ、「私たちは、社会やメディアが作り上げた基準に、いつの間にか支配されていないだろうか?」と問いかけてくる楽曲なのかもしれない。


「鏡を見ると、そこにいるのは私ひとり。


私の顔にあるすべてのそばかすは、あるべき場所にあるって思える。


神様は、私を創る時に何ひとつ間違いを犯さなかった。


この足も、この太ももも、この唇も、この目も、目にするものすべてが愛おしい」

「自分の本当の価値」について歌った「Video」でデビューしたIndia.Arie
India.Arie

そして、この曲が問いかけていることは、2001年当時だけのものでもない。


SNSを開けば、他人の美しさ、豊かさ、そして成功が、絶えず目に入ってくる。


「もっと美しく」

「もっと幸せに」

「もっと自分らしく」


一見すると、「自由」を与えてくれる言葉さえ、ときには「今のあなたではまだ足りない」というメッセージに変わってしまう。


けれど、「もっとこうなりたい」という願いと、「そうならなければ自分には価値がない」ということは、本来、同じではないはず。


人からの評価と、自分自身の価値は、別の問題なのだから。


そして、India.Arieがこの曲で示すのは、誰にでも当てはまる「正解」ではなく、彼女自身が人生の中で見つけてきた、ひとつの答え。


「私はひとつの結論に達したの。


こんな概念はすべてただの幻想で、「混乱」こそがこのゲームの名前。


誤解であり、壮大なまやかしだわ。


何かが変わらなきゃいけない。


気を悪くしないでね、これはあくまで私の意見。


私が言っていることは法律でも何でもないから。


人生で学んだことを告白しているだけ。


それをみんなに伝えるために、ここへ来たの。


だから、自分に合う場所にいて、輝き続けよう。


心をクリアにして、今がその時よ。


不満やコンプレックスは置いておいて、自分を愛して。


だって、すべてはきっと上手くいくから」


India.Arie - Acoustic Soul




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